たぬき裁判
……とある蛙

 その日は午後一時三十分に出頭しなさいというファクシミリが届いていたので、僕は飼猫の黒猫の代わりに裁判所に出頭することになっていました。僕は電車を五回も乗り継いで裁判所のある駅に到着しました。そして、駅の改札を抜け、駅前のスーパーマーケットのエスカレータで、スーパーマーケットの裏の公園まで行きました。 スーパーマーケットの五階は公園の入り口になっていました。
大きな花壇の周りをゆっくり歩いて、衛兵の詰所のある煉瓦造りの門柱の間まではほんの数分ですが気の重い僕は一時間にも感じられました。

初冬 僕はコートの襟を立て落葉を踏み締めながら
公園内にあるテニスコートの打球音を聞きゆっくりと歩きました。

 裁判所の中は以外と狭く玄関のロビーは人が五人ほど座れる待合室とその横に郵便切手などを販売している売店などがありました。
人はたくさんいましたが、動物は一匹としていません。動物を裁くはずの裁判と勝手に思っていましたがそうではないようです。

 法廷前の開廷表には同時刻に五件もの事件が記載されていました。しかし、廷吏のアライグマは次々と事件を読み上げその度に出頭した飼主達は一人一人法廷の被告席に着席しました。ある者は蛇を、ある者はフェレットを、ある者は豚を、もちろん犬を飼っている者もおりました。裁判長のタヌキは一方的に判決を言い渡しているだけです。だれにも発言させようとしません。

 僕も呼ばれ判決を言い渡されそうになったので、思わず手を挙げ

「裁判長、異義があります」と叫びました
 タヌキはジロッと私を睨み
「事前に異義書面が無いので却下します」
事前に書面が必要だとは聞いておりません。出頭通知にもそのことは記載されていません。訴状の要旨は同封されていましたが、訴状それ自体はまだ読んでいません。

「せめて訴えの理由を教えてください。要旨では分かりません。」
タヌキの裁判長は人をバカにしたような顔をして(あいつらは人を化すのが商売だっけ)、このように述べました。

「あなたの飼っている黒猫のルビーは本来子猫の段階で淘汰され死ぬはずでした。しかし、あなたとあなたの家族は黒猫を飼い猫にし、えさを与え続け、剰え室内でしか飼わないという過保護ブリで猫という動物の野生を骨抜きにしました。これは重大な犯罪です。あなたのような人のために我が国では猫が異様に増え、ネズミより多くなってしまいました。このことは自然の数的バランスを崩した重大な犯罪です。ですから処罰されなければなりません。」
「そうであれば、犯罪を犯したのは私です。死にかけの子猫を飼おうと女房に提案したのは私ですから。なぜルビが被告なんですか?」
何にも分かっちゃいないというウンザリした顔をしてタヌキの裁判長はこう言いました。
「我々は人間を直接処罰できないのですよ。処罰したら我々タヌキは人間たちに殲滅されてしまいます。いいですか。判決を言い渡します。」
「被告ルビーを処払いに処す。現住所地から半径五〇キロメートル以内に近よってはならない。近寄った場合は直ちに処分される。」

何だ判決はルビーを野良猫にしろって言うのか。
僕は胸を引き裂かれるばかりでなく、自分のからだと心が引き裂かれて行くのを感じ、そのまま呆然と立ち尽くすのだった。





散文(批評随筆小説等) たぬき裁判 Copyright ……とある蛙 2010-01-10 12:10:00
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