白く濁った世界
あ。
こぼれたミルクは飾りボタンの溝を泳いで
くるくると光を跳ね返していた
いつまでたっても混ざり合うことはなく
胸を埋めるような匂いが辺りに漂い
大気ばかりが乳白色に濁っていた
窓の向こうを飛ぶツバメの姿が優しく見えたのは
雛鳥の甲高い声が響いているからだろう
感覚はそれぞれがさらさらと流れる小川で
知らないところで知らないうちに重なっている
前日見た夢は大体ひとつくらいは覚えている
現実的なものなんて殆どなくて
大抵が霞がかったようなもので
こうして白い香りに包まれていると
遠くに置き忘れてきた記憶が歩み寄ってくる
すっかり染み込んでしまったセーターを脱ぐ
飾りボタンは手で引っ張って外した
少し窓を開けてツバメに向かって放り投げる
えさと間違えて雛鳥の元へ届けて欲しかったのに
気付かれることすらなくゆっくりと曲線を描き
音も立てずにそろりと地面に横たわった
何度も季節が巡るうちにそこから芽が出て大きくなって
咲かせた白い花は乳臭い花粉を撒き散らし
やがて世界中を乳白色で埋め尽くしたらいいのに
小さな虫を捕まえたツバメが巣へ戻る
全てのものにいつの日か母がいた
原始の大気はきっと甘く白く濁っていた
握れないほど柔らかな香りが始まりだった