白く濁った世界
あ。

こぼれたミルクは飾りボタンの溝を泳いで
くるくると光を跳ね返していた
いつまでたっても混ざり合うことはなく
胸を埋めるような匂いが辺りに漂い
大気ばかりが乳白色に濁っていた


窓の向こうを飛ぶツバメの姿が優しく見えたのは
雛鳥の甲高い声が響いているからだろう
感覚はそれぞれがさらさらと流れる小川で
知らないところで知らないうちに重なっている


前日見た夢は大体ひとつくらいは覚えている
現実的なものなんて殆どなくて
大抵が霞がかったようなもので
こうして白い香りに包まれていると
遠くに置き忘れてきた記憶が歩み寄ってくる


すっかり染み込んでしまったセーターを脱ぐ
飾りボタンは手で引っ張って外した
少し窓を開けてツバメに向かって放り投げる


えさと間違えて雛鳥の元へ届けて欲しかったのに
気付かれることすらなくゆっくりと曲線を描き
音も立てずにそろりと地面に横たわった
何度も季節が巡るうちにそこから芽が出て大きくなって
咲かせた白い花は乳臭い花粉を撒き散らし
やがて世界中を乳白色で埋め尽くしたらいいのに


小さな虫を捕まえたツバメが巣へ戻る
全てのものにいつの日か母がいた
原始の大気はきっと甘く白く濁っていた
握れないほど柔らかな香りが始まりだった


自由詩 白く濁った世界 Copyright あ。 2010-01-06 23:23:42
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