山中以都子詩集『水奏』
渡 ひろこ

 詩集の表紙には闇夜に浮かぶ舟の漁火が、誘導するようにふわりと灯り、
誘われるまま詩集を開くと、霧の中に佇む一艘の小舟の写真が出迎えていた。
山中以都子さんの詩集『水奏』は、もうここから始まっている。
「ああ、このちいさな舟を操って、向こう岸から逢いにきてくれたのか…。」(作者あとがきより)
 街角の画廊で一枚の写真に呼びとめられたことにより、
これまで出版された三冊の詩集から、父親への追悼をこめて編まれたアンソロジーである。
 
 山すその火葬場に/ひっそりと いま/霊柩車が入ってゆく/棺
 によりそうのは/とおい日の/わたしか/はす池のほとり/しん
 と空をさす/桐の花/父よ/そちらからも/みえますか/
                         (「桐の花」)
 これからしめやかに奏でられる音楽のプロローグのように、
この詩集冒頭の作品は、ポツポツと置かれた言葉と行間の隙間から、
深い作者の思慕が滲み出ている。
 
 わたしが撮ったこれがあなたの最後のスナップ/上半身だけ引き
 伸ばして/きょう 黒いリボンで飾ります/
                         (「リボン」)
 父との別れを自分に潔く言い聞かせる様が、より切なく響く。
野辺の送りの痛みを、また作者自身も黒いリボンで包んでいるのだろう。
重ねた年月の記憶は時間を経るごとに、遺された者の胸に浸透してく。 
一枚の写真から、作者は亡き父との邂逅を果たせたのではないだろうか。
黄泉の国から小舟に乗って、そっと娘に会いにきた父への思いを綴った鎮魂の一冊である。


『詩と思想』2009年11月号掲載


散文(批評随筆小説等) 山中以都子詩集『水奏』 Copyright 渡 ひろこ 2010-01-05 19:26:57
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