入学式
殿岡秀秋

その日早く
小学校に着いたぼくは
講堂の前に並ばされた

校門から入ってくる
青い制服の子どもたちは
波が引いた磯の蟹だ

校庭の砂を踏みながら
青い蟹たちが拡がる

背広を着た大人が
講堂の前に
蟹を集めて並ばせる

ぼくの前と後ろだけでなく
横にもその向こうにも
足をならす蟹がいる

ぼくの顔も肩もいつのまにか
甲羅のように硬くなる

大きな波が背後から押し寄せ
ぼくは背中を押されて
細い足を交互に前に出す

講堂に入ると横歩きして
指示されたところで長椅子に座る
右隣の甲羅と
左隣の甲羅が
ぼくの肩にあたって痛い
こんなに狭苦しい穴に棲んだことがない

校長と教頭が挨拶して
担任が紹介されて式は終わる

青い蟹たちは
講堂を出るまでは並んでいたが
突然子どもに還って
声を発しながら
いっせいに校門を出てゆく

ぼくのからだは校門を通過しても硬いままだ
小学校から家へ向かう坂をくだると
しだいに海にはいっていく
ぼくの住まいは波の下にある

家に帰って制服を脱ぐ
甲羅に押された跡が
うずく肩
やがて口元がゆるんでくる

庭から見上げる空と
ぼくとの間に海があって
吐く息が泡になる

これから潮が引いたあとの磯と
波の下の穏やかな海の底で
交互に暮らすことになる




自由詩 入学式 Copyright 殿岡秀秋 2010-01-01 14:31:55
notebook Home 戻る