夜は沈黙の代価で震える
瀬崎 虎彦
夜は沈黙の代価で震える
いとしい
くるしい
あさましい
そういう感情の化合物で
誰が誰を傷つけるか予想できないから
おいそれと名前を用いることは出来ない
手前にはロック以来の経験論が
翼をはためかせているのに
由来も知らずに僕たちは
それを骨までしゃぶっている
目が乾くから暖房はつけないで
冷たい布団を重ねて
重く
苦しく
みずぼらしい
夜の寝台で
寒いよと口にしても
寒いねと答える声なく眠る
肉体に帰ると意識は
まず
自分がどこにいるのか
そして
自分がどこに閉じ込められているのかを
把握しようと躍起になる
そのときの意識には
およそ性別と呼べるものは
ないと思うのだけれど
それを立証できる気がしない
夜がタール
夜がタールの海に
夜がタールの湖にしたたる
浅い眠りを破って
殺される夢を見たような
誰か現実の世界で
私の後をつけてくるように
背筋を寒くする
出来事を思い出して
浅い眠りから帰ってくる
眠れない
眠れない
眠れない
眠れない
眠れない
眠れない
眠れない
眠れない
眠れない
眠れない
眠れない
少し眠ってしまったから
そう
だから今すぐは眠れない
このところ
お酒を飲む量が普通じゃない
自分でも
おかしいなというくらい
飲んでいる
普通じゃない
普通じゃない
普通じゃない
普通じゃない
追われているように感じて
それは具体的な追跡ではなくて
つぶやく人が
ただ自分の憎悪を口にする人が
展望もなく不満を口にする人が
それを私に向けて
次々と発信してくるから
それを聴きつづけるという
苦痛に
苛まれているから
夜の明けぬ間に
目を覚ましてしまって
まぶたを開くと
その音が響き渡りそうに
空気が沈黙している
私は追われているように感じる
私を追うことに意味はないのに
私に伝えても仕方のない苦悶を
私が解決できるはずない愚問を
押し付けられているように感じ
それはわたしがむせきにんだからか
れいこくだからかむかんしんだからか
そういったわたしのがわにりゆうのあることなのか
それともわたしがいしきしすぎているだけなのか
わたしわたしわたしわたしとくりかえせば
自意識過剰だと言われても言い返せないが
実害のないうちはそれは犯罪でさえないのだから
その苦悶の連続する投射を私は耐えるしかないのか
絶えるしかないのか
夜は沈黙の代価で震える
いとしい
くるしい
あさましい
そういう感情の化合物で
誰が誰を傷つけるか予想できないから
おいそれと名前を用いることは出来ない
こわい
こわい
こわい
こわい
こちらの都合など考えずに押しかける負の感情が
いつしか私を侵食しているようで怖い怖い怖い怖
い
夜は沈黙の代価で震える