ミッドナイト・シアター・ブルー
楽恵

映画館の観客席で  
私はサイレント映画の最終上映を観ている
スクリーンの中では 
どこか大きな河の岸辺に
冬の渡り鳥が集まり 
その鳥を1羽 
少女が肩に乗せている

枯草と砂でつくられた土手のうえに 
少年が一人やってきた
彼女は手を振って 彼を呼び寄せる 
彼の右腕には 真っ白な包帯が巻かれている

彼女は鳥を連れたまま 彼のもとへ走りより 
砂地の中で追いつく
彼女がその包帯はどうしたのかと尋ねれば  
彼は少しはにかんで
百日紅から落ちたのだと答える



眠け眼になった私の目の前で 
渡り鳥がいっせいに飛び立ち  シベリアの海に向かって旅に出る


やがて日没がやってきて  少女と少年の姿も見えなくなってしまう
そしてスクリーンの中で 
私は真夜中の青の  ほんとうの色を知る



映画館を出ると 夜はすでに 透明な白さを滲ませ始めていた
花紺青の色をした未明の空に  
明けの明星と一すじの肋骨雲が流れている
あまりに深すぎる青の色を 
私は直接に見ることができなくて 
思わず眼鏡を外してしまう

そして眼鏡を外したまま
あの映画のラストがどんなふうに終わったのか
ぼんやりと思い出そうとする

東から紫色に変わってゆく空を見あげたまま
私は髪を纏め上げ  再び眼鏡をかける



そして最終上映の度に あの渡り鳥たちを失い続けている


自由詩 ミッドナイト・シアター・ブルー Copyright 楽恵 2009-12-25 00:08:21
notebook Home