残留思念
ホロウ・シカエルボク




甘い歌を繰り返してよ
甘い夢を繰り返してよ
気が済むまでどうぞ
気に病むまでどうぞ
凍てつくようなゆうべの空に
指をはなれた蝶が飛ぶ
ふわり
ふわり
ゆらり
ゆらり
旋律をたどるのには飽きた
届くか判らぬか細い声で
誰かの足音を待ちながら
歌うことにはもう飽きた
夕焼け
小焼け
まばたくと夜だ
道祖神の背中で
いっそう暗いなにかが笑う
ゆらり
ゆらり
はらり
はらり
はや駆けのようにすすきを突き抜けてゆく北風
ふっとかたわらに飛んだ小さな草の切れっぱし
沈む一瞬
燃えてるみたいに見えた
沈む一瞬
空が燃えてるみたいに
行きたくないよう
行きたくないよう
明日になんか行きたくないよう
乳飲み子のように泣いて見せても
母親の乳房はもうないのに
平手で頬をはるような寒いときが
薄い膜のように降ってくる
ふわり
ふわり
はらり
はらり
死者の目のような満天の星
新しいさよならを待っているような静けさ
もう過去すらも行き来しない通り
途切れた往来の一点
けして移動しない一点
母親の乳房はもうない
隠さないで
隠さないで
怖気を
怖れを
かえりみることの出来ない種類の成り立ちを
甘い歌をたどることに飽きたら
確かにもうそこにはやることはない
枯れた土地の片隅で死んだ
痩せ犬はいつしか白骨になる
空から幾千の水が降ってももう戻ることはない肉
真白
真白過ぎて涙が流れてしまう
生まれたときには判っていた遠くまで駆け抜けることの大切さ
まだ昨日までは判っていた遠くまで駆け抜けることの大切さ
一瞬でなんの意味も持たないものになった
指先が白く透き通った時のあきらめ
どんなことをしても元に戻らなかった
心まで冷たくなるのにあとどれだけかかるだろう
ただしんとしただけのかたまりになるまでにあとどれだけ
出せなかった手紙みたいな心残り
それは出してしまえば済むというような
種類のものではないのだ
遠いね
なにもかもすべて
無限の中へ吸い込まれてゆくみたい
いまにして思えば
全部なんでもなかったことみたい
ただぬくもりにはりついて
満たされたみたいな気分になっていただけだった
たましいみたいな虫が飛んでいる
むきだしの身体はさぞかし寒いだろうに
冬生まれなのか
あたたまることを知らぬままずっと輪廻していくのか
凍えぬ羽をはばたかせることは
誇らしかったりもするのだろうか
そんな風に出来あがってみたかったけれど
もう
いまでは済んでしまったことだ
あの北極星が新しい時間に溶けるころ
わたしは



産まれなおすことが出来るだろう





自由詩 残留思念 Copyright ホロウ・シカエルボク 2009-12-20 18:30:47
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