もう唱えない
殿岡秀秋

職場で叱られそうになって
動悸がしても
南無南無南無と口ずさむと
意識が現場から逸れて
少し楽になる

幼い頃に
母に連れられて寺に行き
大きな仏壇の前で
毎日題目を唱える
そういうものだとおもっていた

十代で信仰から離れたが
困ったことがあると
反射的に題目を唱えてしまう

大人になっても
鳩時計のように
胸の扉があいて
メロディは流れないが
唇が動いてしまう
単調な音楽は
母がセットしたまま変わらない

それでも
もう唱えない
雨の傘のような
題目をすてて
ずぶ濡れになった
自分を受けとめる

たとえ叱られて
動悸がすることがあっても
南無南無南無と口ずさむことはしない

喉から
風のように出ようとする題目を
口をダムにして塞きとめる

うなだれるぼくを
もうひとりのぼくが観察しながら
胸に画板を開いて
スケッチして
後でコトバの絵にする

南無南無南無のかわりに
コトバで
目に見える風景を描く
ひとつひとつ
木にぶらさがる
みかんの実のように
ぼくの動悸をかたちにして実らせ
自分で摘みとる



自由詩 もう唱えない Copyright 殿岡秀秋 2009-12-17 00:05:21
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