悪魔にラヴソングを
楽恵
ある国に住んでいる悪魔が
ある教会の美しいステンドグラスとオルガンと聖母子像と黄金の鐘と
そこで毎日祈りを捧げている敬虔な神父を激しく憎んでいた
彼は日が暮れると宵の明星、魔王に誓いをたてた
忌々しい神父のひとり娘を
この世から亡き者にすると
礼拝堂の前で悪魔は神父の娘を待ち伏せし
娘の前に美しい金髪の青年の姿で現れた
娘は初めて出会う見知らぬ青年にも
犠牲の羊のような穏やかさと親切さで接した
悪魔は間近でこの乙女の眼をみた
娘の青い瞳は
暴力的な無垢さと純真さに溢れていた
その純潔の白い幻惑に
悪魔の眼は夜明けの金星のように瞬いた
凍っているはずの己の全身の血が
何故だか熱く燃えているのを感じた
聖邪のまなざしの一瞬の邂逅は
悪魔に理由の分からない嫌な予感を覚えさせた
ふたりは教会から少し離れた
町外れの丘のうえで再び会う約束をした
棘草の生い茂った丘の上には
大きな白い十字架が建てられていた
その十字架のたもとに
神父の娘は立っていた
くちびるに
天国を無邪気に信じ生きている微笑みを浮かべたまま
悪魔がやってくると神父の娘は悪魔を見つめた
悪魔は胸の激しい動悸で発狂しそうな眩暈に襲われた
この気分の悪さが自分自身のせいなのか
神が自分を罰そうとしているのかさえ分からなかった
娘は処刑の十字架から降ろされた神の子の足もとに駆け寄るように
悪魔に駆け寄り青ざめた顔にキスをした
悪魔の鋭い歯で
娘の唇はすぐに血だらけになり全身が真っ赤に染まった
黙示録に予言されている悪夢のように
二人は接吻を交わし続けた
太陽が沈み始めると
大きな十字架の黒い影が
悪魔の身体を覆い始めた
どこか絶命の予感がした
だが悪魔は
娘との死の接吻から離れられないでいた
息も絶え絶えな二人の熱情にあてられて
周りの棘草の花々が狂い咲きしていた
悪魔はその娘の正体が
悪魔狩りの天使だと気づいていた
聖なる十字架の黒い影が
己の肉体を焼き焦がしていく匂いのなかで
嗚呼、俺は生まれ故郷に戻ってきたのだ、と悪魔は思った
あの懐かしの
炎燃えさかる地獄の入り口に