アオウミガメの百年
楽恵





小さな南の島の
星砂の浜に
小さな青海亀が生まれました
波の泡のように柔らかな水色の甲羅を背負った
たくさんの子海亀たち
まあるいお月さまの浮かぶ晩
砂浜から元気よく
海のしら波に乗り出していきます


でも仲間のほとんどは
海に入るとすぐに角をはやした大きな魚に食べられてしまいました


小さな青海亀
あっというまに
いっぴきぽっちになりました
生まれたとき
とても柔らかかった背中の水色の甲羅は
敵から身を守るため
すぐ岩みたいに青く硬くなりました


それからは夜空を煌々と照らす
お月さまだけが
お母さん代わりに
青海亀が大きくなるのを見守りました


何年も
何十年も
青海亀はいっぴきぽっちで旅を続けました
かつてはとても柔らかかった背中の甲羅は
寂しさの分だけ
硬くなっていきました


二十年経って
青海亀はようやく仲間の海亀の群れに出会いました
青海亀はたくさんの友だちと仲良く楽しく大海原を旅しました


でもある日
大きな鉄の海賊船にのった
人間という生き物が
宝石箱に飾る鼈甲細工をつくるために
青海亀の友だちをみんなどこかに連れ去って行きました


青海亀は
またいっぴきぽっちになりました
背中の硬い甲羅は
さらに硬く大きくなりました


それから何十年か経って
今度は
綺麗な珊瑚色の甲羅をした海亀がいっぴき寄ってきました
いっぴきといっぴきは
ひと目あっただけで恋に落ち
にひき一緒に素敵な大海原の旅をしました


でも大海原には日々色々なことが起こるものです
ある日
島や人間の船をいくつも沈めるほど大きな嵐がやってきて
にひきは離ればなれになりました


青海亀はまた
いっぴきぽっちになりました
背中の硬く大きな甲羅は
鮫や鯨にも負けないくらい硬く立派な甲羅になりました


それから青海亀は
遠くに海亀の仲間を見かけても
もう自分から近づいたりしませんでした
また前と同じように友だちを失くしてしまうのが悲しかったからです


可愛らしい色の甲羅を背負った海亀が寄ってきても
もう恋をすることはなくなりました
再びいっぴきぽっちになってしまう時の寂しさが怖かったからです


青海亀の背中の甲羅より硬いものは
今では大海原に存在しなくなりました
寂しさの分だけ
悲しみの分だけ
甲羅が硬く立派になったからです


でも夜空に浮かぶお月さまだけは
いつも変わらず
海亀の甲羅を優しく照らしていました


青海亀は
大海原をいっぴきぽっちで百年生きました
ある晩
青海亀は呼吸をするため
海のうえに顔を出しました
夜空には
生まれた晩と同じ
まあるいお月さまが出ていました
お月さまは
青海亀と大海原とそこに棲む全ての生きものを
いつもと同じように優しく照らしていました

その時
青海亀は気づきました
どんなときも空にはお月さまがいた

本当は
生まれたときからずっと
いっぴきぽっちではなかったんだ


年老いた青海亀の
百年の孤独が積もった硬い甲羅を
お月さまの光で銀色に輝く波が
静かに洗っていきました


自由詩 アオウミガメの百年 Copyright 楽恵 2009-12-12 22:53:01
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