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ひとなつ

「どうして君は走らないの?」とクラスの女子に聞かれて私はこう答えた。
「サンダルだから。」

私が通っていた小学校には
“ランニングをサボった人がいた場合は、その人の周りを走る”
という風習があったので、全校生徒は私の周りをグルグルと走り回った。

その時ずっと、私は消えかけた飛行機雲を見ていた。


しかし
『イカヅチ』のことを
“イカの形をしたカナヅチ”だと思っていた少年時代はもう過去のこと。

私は今日、3年勤めた会社を辞め
モラトリアム空港から楽園行きの最終便に乗り日本を発った。

窓の外の空は雲ばかりで何も見えなかった。
かといって「雲がなければ何か見えたのか?」と聞かれれば
私は戸惑うことしか出来なかっただろう。
それくらい私の人生は見通しが悪かったからだ。
目をつむりたくなるほどに…
私にとって睡魔は目を強制的に閉じてくれる善良な悪魔だった。
今はただ眠りたい。

しかし私が後ろの人に気を使いながら
リクライニングをミリ単位で調節し
ようやく眠ろうとしていたとき、
スチュワーデスが言った。

「お客様の中に“いなくていい人”はいらっしゃいませんか?」

乗客たちは、
ヘッドホンで音楽を聴き、
ポリンキーを頬張り、
トラベルガイドブックのシャガールの絵に夢中で
アナウンスなんてまるで知らんぷりだった。

私も彼らと同じように
知らんぷりで上手くごまかせれば良かったが、
あいにく、いつもの“一人トランプ”は荷物と一緒に預けてしまっていた。

私はどうしようもなくなり、ゆっくりと立ち上がり、手を挙げて言った。

私が“いなくていい人”です。と


自由詩 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● Copyright ひとなつ 2009-12-10 19:50:09
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