時の記憶
西天 龍

はるか昔、深海で織られた地層は
湧き上がる二つ対流の狭間で
荒々しくこそぎとられアルプスとなった
そのせめぎあいで
この谷を境に
やむを得ず東日本は南北に向きを変えたという

山中に住む古老に
なぜ町に下りないかを問いただしたが
必要なものはすべて山にあり
広く平坦な道が要らない暮らしだから
山中であっても一向に差し支えないという
なによりも
ここ、日本を分ける大きな谷の東側は
尾根筋が極めて堅固で川筋の氾濫を気にする平地よりも
ずっと安穏に何代にもわたって暮しているという

古老がすすめる茶をすすりながら
立ち上る炭焼きの煙を追う
今、純白の尾を引きながら空を行くものから見れば
この谷はまるで人の手になるよう
一直線に日本海に向けて伸びているだろう
あなた方がたどる空の道ではわずか十数分だけれど

はるか昔深海で織られた時の羽二重が
山の頂に、谷底の急流にはためいている
古老は穏やかにこの谷と暮らしを語り続ける
やがて、二つの時の記憶が一つに重なり
強くこの胸を揺さぶる


自由詩 時の記憶 Copyright 西天 龍 2009-12-02 00:31:55
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