『鱗翅目』
東雲 李葉
幼い頃は持て囃され甘い菓子で育った。
少年の時は真っ白な繭が僕を守り養った。
やがて呼吸も自由に羽を広げる頃、
誰もが欲しがる平等を平然と飛び越える翅。
指折り数えた確率は出会った瞬間に吹き飛んだ。
あなたにとって詰まらないそれが今までの僕を支えていたのに。
神に祈る気持ちでその名を口にする。
忌々しくて憎らしいのに、どうしてここが熱いんだ。
篝火に飛び込む羽虫を嘲笑った僕は奇妙な蛾だった。
妙に賢い振りをして自ら闇を選んで飛んだ。
毒を盛った蜜を吸わせてやりたいほど、
遠すぎて近付けなくてどうすればいいのか分からない。
灯りを求めているのではなく光を求めて飛んでいた。
暗闇の中で煌めいたのは翅ではなくて糸だった。
酸素が薄くなる部屋で冷たくなっていく身体を、
俯瞰で見ていた時にまた、あなたに会いたいと思っていた。
牙を研いていておくれ。亡骸を暴いて咬んでくれ。
糸が赤く染まっていく。僕はあなたに殺されたかった。
美しい翅が視界をかすめる。淡い粉が瞳を覆う。
あなたは、あなたは美しい。
僕は奇妙な蛾だった。
あなたとの違いも分からないのにあなたが愛しくて堪らなかった。