まるで神様のような今日の夕暮れ
草野春心

 ?.徹底的に磨きぬかれた散文のような絶望

   /徹底的に磨きぬかれた散文のように絶望が
    この世の輝きを蹂躙し、闇を敷き詰めていった。
    ぼくは部屋の中から黙ってそれを見ていた。
    鈍い色をした雲から、雨が幾筋も垂れ下がっていて、
    時間の感覚をぼくからかすめ取っていった。
    使い古したゴム長靴が
    ベランダの端で濡れてゆくのが見えたけれど、
    なんだか遅回しのビデオでも見ているみたいに感じた。
    それから……(それから、っていつからだったっけ?)
    ぼくは徐にカーテンを閉めたのだ。



   /雨は音だけにされても勿論、降り続けた。
    (沈黙を手に入れることはたやすいが、
     静けさを手に入れることはいつだって難しい。)
    無音の騒音が心の中から飛び散っては、
    今度はぼくの体に突き刺さり
    数えきれない無惨な穴をあけていった。
    こういうとき爪を噛むのがぼくの悪い癖で、
    屁にもならない痛覚と
    カシカシという噛み音が(……ホラ、結局音だ。)
    ぼくの気持ちを落ちつけてくれるのだ。



   /微弱で間歇的なかなしみは
    いつの日も体のどこかに引っかかっていて
    たぶん生まれた頃から引っかかっていて、
    それがぼくという存在を輪郭している。
    ナイーヴすぎる考えかもしれないけれど
    ともかく、その妙に散文的な雨は、
    このようなeasily repeatableなsentimentには
    まさにうってつけな現象だったのだ。
    雨は降り、ぼくはただ在った(かなしみと共に)。



   /しかし、やがて音と無音は結託して
    引き裂きはじめたのだ……ぼくが在るということを。
    そうなのだ、いつだってそうだったのだ。
    ぼくには彼らの姿は見えないのに
    かれらの方は正確にぼくの肌に爪を立てることが出来る。
    かれらはアイロンがけでもするような爽やかな仕草で
    ぼくをぐちゃぐちゃに引きちぎってばら撒いた。
    ……苦痛はまるで無かった。



   /フローリングの上に散らばったぼく(たち)は
    死臭をもたない死体(たち)のようだ。
    つるつるしたミイラ(たち)のようだ。
    雨の音は(音の雨は)むしろ陽気に
    箪笥の下にころげたぼくの左(に付いていた)耳を濡らし、
    ジーンズの尻ポケットの中で
    ぼくの右(左?)眼球はただ天井を見上げていた。



   /徹底的に磨きぬかれた散文のような絶望……
   /徹底的に磨きぬかれた散文のような絶望……
   /徹底的に磨きぬかれた散文のような絶望……
    その向こうにぼくは詩の希望を待っていただけだ。
    そう、ただ待っていただけだ。




 ?.どこでもない場所にある湖

  何処かで
  それは満たされ
  何処かから
  それは溢れて
  何処かへと
  それは注ぐだろう



  ひとは?
  育まれ
  空へと望むもの
  ひとは?
  悲哀の淵から
  歓びを見つめるもの
  ひとは?
  と、永遠に問い続けるもの



  始まりも
  終りも
  何処にもない



  ただ
  「途中」だけが
  飽きず続いてゆくだろう



  求めて
  (何を?)
  確かめ
  (何を……)
  夢見て
  (ねぇ、何を)
  受け取って



  何を
  待って……?




 ?.親愛なるひとへ

  雨があがって
  あの絶望も途切れ
  まるで神様のような今日の夕暮れ
  何も思い出したくない
  誰も気遣いたくない
  ただ深く腰掛けて
  この空に許された光を
  いつまでも見つめていたい



  ―親愛なるひとよ。
  ぼくの心は
  玄人のレゴ・ブロックみたいに
  複雑でそれでいて
  滑稽なのです。
  ―親愛なるひとよ。
  そのひとつひとつを、
  手にとって
  抱きしめてください。
  恋人のような
  柔らかい囁きで、
  照らしてください。



  雨があがって
  あの絶望はどこか
  知らない何かの影へと溶けて
  それなのにぼくは思い出そうとしている
  痛みの虚像を
  血眼になって探している
  古い卒業アルバムで
  友だちの姿を探すみたいに



  部屋じゅうに、ぼくは、散らばって
  かけらが足りない。足りない。
  ベッドの下とか、
  本のページの間とか、
  必死で探しても見つからない。
  部屋じゅうに、ぼくは、散らばって
  呼んでいる/求めている。
  小さな声で、
  とても小さな声で、
  ぼくにはきこえている。
  部屋じゅうに、ぼくは、散らばって
  あの光を、待っている。
  あの手のひらを、
  あの囁きを、
  じっと待っている。
  膝を抱いて……。



  とうに
  雨はやんで、
  まるで神様のような今日の夕暮れ



  ―親愛なるひとよ。
  そこに、
  ぼくは居ません。



  ―親愛なるひとよ。
  あの輝きが
  あなたであるのなら、
  待っています。
  ぼくは待っています。
  いつまでも……
  部屋の何処かで。



  世界の、何処かで。







自由詩 まるで神様のような今日の夕暮れ Copyright 草野春心 2009-11-28 12:35:03
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