愛の賛歌
服部 剛
かつて薔薇のように美しかった
5月生まれのお婆さんは
先週、深夜にベッドからずり落ちて
車椅子にも乗れずに足掻いていました
かつてメディアの第一線で
活躍していたお爺さんは
脳梗塞の後遺症で
歩けば少々、ふらつきます
今年の桜の咲く頃に
お婆さんの夫は老人ホームに入りました
今年の桜の散る頃に
お爺さんの妻は世を去りました
若葉の輝く季節に
お婆さんの誕生会を
僕が働くデイサービスでやりました
皆の輪の中にふらりとやってきた
お爺さんはお婆さんの横の空席に
すっと腰かけ
レコード針の音が聞こえるような
懐かしいオペラのCDを
(これをかけて)と僕に手渡すので
再生ボタンを、押しました
「 戦後間もない1〜2年は
あらゆるジャンルで素晴らしい
芸術が生まれた、あの頃が懐かしいね・・・ 」
そう語り終えるやいなや
お爺さんはおもむろに
お婆さんの手を取り、
接吻をした・・・
*
この詩のような手紙の中に
そっと告白するならば・・・
僕は年の瀬に
お爺さんと暮らしている
独身のひとり娘さんへ
密かな恋文を出すでしょう
戦後を立派に生きて来た
お爺さんを前にすると
今にもたじろぎそうな僕ですが
おそらくきっと
人生と愛のあらすじに
「正解」という文字はないですよね?
今はまだ、おもむろに
娘さんの手を取り
接吻をしたりは、できないけれど。