だいすきなフレデリカ
ねことら


フレデリカ、日々は
青い円筒のかたちをしている
耳栓をきつくしめて
きみのための水泳をつづける





硬質なつめたい水面にはじかれるのはよわいこころだ、よわいこころだときみがいった、きみは無口なんかじゃない、まいにち糸くずのような級友のなかでさけびつづけていた、だれも耳を貸さなかっただけだ、複雑な言語はいらなかった、鉛筆を折れるまでほそくほそく尖らせてあそんだ、先端はノートをはみ出して机をはしりながらたくさんの街角を描いた、雑踏を描いた、そのどこにもぼくらはいない、ぼくらはどこにも居場所がないけどそれでいい、


誰もいないところが好きだった
水に触れていれば落ち着いた、冬のプールが好きで冷たい水に足先をひたしてふたりで過ごした、緑に濁った水面をすべる落ち葉の数を夜空の星の数のように数えた、糸くずたちにからかわれても気にしないで楽しく過ごした


フレデリカ、あの日、裏窓から入った夜のプールできみの骨に舌を這わせた、肋骨のかたち、頚椎のかたちをたしかめあった、お互いが気持ちいいことを繰り返し舌で確かめ合った、たったそれだけだ、ほんの数分間、皮膚の、水の、血の、緩やかに巡る熱の、ただぬくもりがほしかっただけだ、そんなことはだれにもいわせない、でも思い出すたびに小さな熱をいまもここに感じる、世界の果てに置き忘れられた百円ライターみたいなさみしい火だ、


フレデリカ、だれにもおいつけないスピードできみはとおくへいってしまった、方法は問題じゃない、だれにも許す許さないの権利はない、ぼくはあの日、おさなすぎて葬儀には参列できなかった、大人たちから簡単に伝聞された、教室は君の抜けた穴の周囲をきもちわるくうごめいていてぼくは耳栓をしてしまって、


フレデリカ、しばらくしてあの日と同じように、夜のプールで、薄く白い石を水底に見つけた、君の骨だ、ぼくにはわかる、肋骨のかたち、ぼくにはわかる、脛骨のかたち、舌先で静かに触れてみる、つめたい味がした、輪郭のない安心があった、触れていたかった、突き抜けるような痛みのひかりのなかで、もっと、もっと、


どうしてこんなにくるしいんだろう、フレデリカ、わかりあいたい、わかりあえないことがこわい、わかりあうことがもっとこわい、ここはどこなんだろう、フレデリカこっちをむいて、不確かな輪郭の笑顔でいつもみたいにぼくを困らせて、おいていかないで、フレデリカ、
泣いたのはすこしだけだった、きみの部分はぼくのなかでやわらかく死に絶えていた、取り戻せないことは知っていた、そっとプールに石を返した、かすかな波紋は落ち葉にぶつかりいびつにくだけて消えていった


へたくそな息継ぎで、もう少しだけとおくまで泳いで行かなくちゃいけない、硬質なつめたい水面にはじかれるのはよわいこころだ、よわいこころだときみがいった、きみの透明なまなざしがぼくはすきだった、きみのための水泳を続ける、フレデリカ、さようならはいわないから、僕のへたくそなクロールを笑ってみていて


だいすきなフレデリカ、






自由詩 だいすきなフレデリカ Copyright ねことら 2009-11-26 20:42:57
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