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竜門勇気

車のスピーカーが壊れたんですよ。
それは、左のスピーカーなんですけども、音が出ないんですよ。
汚職した政治家のように沈黙を保ってるんですよ。
そしたらもうなんか左のスピーカーってめちゃ静かで、「あれ?左耳故障したのかな」って思っちゃって。
で、仕方ないからもう直そうって。さすがに医師の診断を仰ごうって思って。
ライトつけてエンジン掛けようって、そしたらなんかライトも駄目なんですよ。
夜ってライトつけないとすげー暗いじゃないですか。お母さんがお父さんに見えたりするじゃないですか。
まあ見えるんですよ、ライトつかないと。お父さんもお母さんも、ましてや野生の森鴎外すらもいないようなところでも。
一旦幻覚の森鴎外が見えた後、「こんなところに森鴎外はいないよね」って思った後
「じゃあお母さんだ、お母さん。母親のほうの」って思ったと同時に闇が襲ってきて
「違う、お父さんだ」ってなって、やっぱり幻覚。そんな状況。ライトつかないと。
だから絶対ライトだけはつかないと、と思って。
のろしを上げたんですよ、わーって。けむりあがれー、整備士がライトを直しに来るはずだから。軽食を持ってくるはずだから。
で、のろしを上げてたんですね。もうずーっと上げてました。
来る日も去る日ももうとにかく、のろしさえ上げてればOKだし、ついでに煮炊きとかも出来るし、不意に国債とか、株価のことを思い出して吐いた時とかもすぐ温まれるし。
吐くと体冷えるじゃないすか。ね。
んでもうなんかだんだん、のろしを上げるって、神に近い存在に至る唯一の手段って気づいたんですよ。
「上げ続けてれば、それでいいんだ」
そんな感じでなんか、んーかれこれ十五、六年?いやもう覚えてないですけど、ずっとのろしだけは上げてますね。
ほんとただただ左耳だけは治したいんで、治ったらもう悔いはないって言うかそれからがスタートだぞ、と。
とりあえず車のスピーカー。でもライトが直んないとほんと、どうしようもないんで、で、のろしを上げてるんですよ。
のろしさえ上がってりゃ何とかなる、それだけです。


散文(批評随筆小説等) inner view Copyright 竜門勇気 2009-11-24 00:48:45
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