木枯らしがぼくを飛ばしていった
あ。
木枯らしがからからと乾いた音を立てる
あらゆるものの輪郭がくっきりと描かれ
移り変わる季節への感傷に浸りたいのに
冷えた手は無意識のうちに摩擦を起こし
細胞の根元から発信される欲求を満たそうとする
親指から順番に動かしてみた
かじかんで動きづらかったそれは
繰り返すうちにだんだん滑らかになってきて
今だったらピアノだって弾けそうな
そんな気分になったりして
ピアノを演奏したことはないけれど
夜にこの辺りを散歩していると
幾種類もの虫が鳴いている
どの声がどの虫、なんてわからない
鈴虫やら松虫やらコオロギやら
多分そういうものたちだろう
様々な声の重なりが
演奏会なのか命の叫びなのか
少しだけ考えたりしたけどさ
大して重要ではないとすぐに気付いた
重要なことってさして多くはない
あの時きみが何で泣いていたのか
側の茂みで鳴いていた虫はなんだったのか
何度目かの木枯らしに乗って流されて
過ぎた季節の片隅に根を下ろす
いつか咲いて、いつか散るのだろうね
思い出すのも面倒になったから
氷みたいな指先を手のひらでくるんだ