彼らもまた16時の憂鬱に耐えるため、ただ闇雲に戦っていただけなのかもしれない。
ひとなつ

私の部屋にあるハンニバル・レクターのポスターのおでこには、

かつて、こう書いてあった。

“孤島に流れ着いた僕たちは休日の16時になると押し寄せる不安に抵抗するすべを知らない。”


この文章が何者かの手によって書かれたのは
一年も前の話だが、なかなか的を射ていて
また今日もイカサマにあったように時間は過ぎてしまい、
16時の不安に苛まれていた。

(11/8 日曜日)

日付け変更線に近い我が国は18時になれば、休日の夜の部(きゅうじつのよるのぶ)というものが始まって、この世のプールというプールが塩素のいい匂いの温水で満たされるため、姉さん達がテキトーにアクアビクスを始め各個人が好きな時間に帰り、お夕食を始めるので、日本全体の緊張はこの時間をもって緩和されるのだ。

私の不安も少しは解消されるはずだけれども、それにしても16時という内省的な時間帯は玉手箱の開封を感じさせるくらい貧乏ゆすりじみたものには変わりないのだ。

私はこの時間になると、約2時間は貧乏ゆすりが止まらないことが多いので、今日は久しぶりに自転車で外を走ってみることにした。

―そして、約2時間後…(18時 11/8日曜日)


良い運動だった。
自転車で遠い町の西友まで走っただけだが、
有意義な2時間だったと言える。体から乳酸が抜けて、吐息は薄くヤクルトの味がした。

昔、テレビをつければウルトラマンもこんな時間に怪獣と戦ってたが、
彼らもまた16時の憂鬱に耐えるため、ただ闇雲に戦っていただけなのかもしれない。

家に帰ると

ハンニバルレクターのポスターのおでこに、新しい落書きがしてあった。

“たまには運動しろ、とても単純なことだが君の病には効く”

「ありがとう、でも今ちょうど運動してきたところなんだ。

確かにあらゆる病が吹っ飛んだみたいに、健康になったけどね。」

私はポスターのレクターと会話しながら、

そのボールペンのイタズラ書きを消しゴムでなぞってみた。

すると、それは鉛筆で書いたみたいに簡単に消えてしまった。

消えるインクのボールペン…

私は悟った

これは、弟が帰ってきた証拠だ!

私はベッドの下や、
カーテンの裏や、冷蔵庫のチルド室などをくまなく探したが、弟は出てこない。

もうっ!どこにいるんだバカッ!

私は腹いせに、弟がくれた綿矢りさの「蹴りたい背中」にパンチをかましてみた。
バレーのサーブみたいに。

すると、本の中から一枚の紙がヒラリと落ちてきたではないか。
手帳なんかを千切ったような紙っぺら一枚だが、これは弟の化身であるとすぐに分かった。

裏を見ると、走り書きでこう記されていた。
“変な時間に勝手に帰ってきてすまなかったね、20時の便に間に合わなくなっちゃうから今日はもう帰るよ、それじゃあまたね。良いクリスマスを…”

消しゴムでなぞると、文字はやはり消えてしまった。

「ありがとう

 ありがとう

 ごめんね」

なぜだろうか

私はそう呟いていた。



自由詩 彼らもまた16時の憂鬱に耐えるため、ただ闇雲に戦っていただけなのかもしれない。 Copyright ひとなつ 2009-11-10 22:23:17
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