「落陽」(2/3)
月乃助
出会いは不思議と偶然でも、あの時でなくてもいつかきっとそうなったと思うほど、二人何かに導かれるように知り合った。
大学の図書館で、いくらもない日本語の本の中から、読めそうな小説をさがしている時に彼に初めて出会った。まだその時は、大学に日本人の知り合いがいなくて、それで、少し勇気をだし彼女の方から声をかけたが、自分から男の人に声をかけたのは生まれて初めてだった。でも、そうさせたのは彼の手が吉本ばななの本に伸びて、その本を借りようとしたから。それは、娘の一番好きな作家だった。本を選ぶしぐさから、彼がその作家を知っていて、その本を棚から取り出したのが見てとれた。そんな単純なたわいもない理由だった。
娘は大学のことを教えてもらい、カフェテリアで何度も昼食を一緒にしたりしているうちに、知らずに彼が好きになっていた。落ち着いていて、それでいて、時に饒舌となる彼に恋をし、いつの間にかそれに彼が答えてくれていた。
その彼が今、娘のすぐ横を伏目がちに歩いている。
さっきまで降ったり止んだりしていた霧のような秋雨は、どうやら今は止んでくれたようだった。
せっかく丘からの夕陽を見せてあげようと思っていた娘は、低い空を覆う雲が恨めしかった。
細い道を上がりきると、気象台の駐車場が右手に見えて来た。この丘には住宅も立ち並んでいて、娘はここの住人たちは毎日素敵な景色が見れるんだと、大きな屋敷を眺めては少し妬ましくなる。
駐車場まで来ると左手の奥に人気のない気象台の白い建物が、ひっそりと立っている。
この丘に作られたのは、もう何十年も前の話。今この気象台は使われず、ただ、昔の仕事の名残をその丸いドームの形が見せてくれている。娘はどうしてか、この役目を終えてしまった気象台が、忘れ去られた空き家、年老いて引退した老父のようには思えない。
この小高い丘の上から空や雲や天気を観察する代わりに、今ではしっかり町を見ている。そして屋根の下に巣くう人々の暮らしを眺めては、ほくそえんだり、はらはらしたり、悲しんだりしている。この丘の上から。<ケイの通りに住んでいるあの日本の娘は、恋に落ちたんじゃな、がんばりな>と、そんな具合。
気象台の横のごつごつと張り出した岩の上によじ登るようにして立ちあがれば、海峡と町の景色が突然足の下にひろがる。そしてその先、海峡の向こうには、白い岩山の山脈がゆったりと雲の下に姿を見せ広々としている。(つづく)