幻視
三森 攣
目線の先の空に暖色の廊下が浮かんでいる
夕時を回った薄暗闇の淡い夜には
不思議なほど似つかわしげな灯りの配列が伸びている
窓に映る背後の景色を
私はぼんやりと座りながら眺めていた
いつからそうしているのか
何を考えていたのか
暖色の灯りを透し見ていると
頭に優しく麻酔を打たれたように
心地よい眠気が訪れる
そう
この瞬間だ
いつもそう
気だるい睡魔が視界を薄絹で覆う時
廊下の奥から彼がやってくる
彼は優しい顔で
ガラスの向こうの私に微笑み掛けて
ゆっくりとやってくる
手にはいつもの冷たいナイフ
柄は黒くて刃先は白いモノトーン
ナイフの冷たさと彼の優しい笑顔は
何故か心地よいほど合っていて
見とれる間に彼はやってきた
彼の口が私の名をなぞるようかすかに動く
睡魔はいよいよ強く
私はまどろみの中で彼を見た
彼の手がゆっくりと持ち上がり
ガラスの向こうで見下ろす月に吸い込まれかけ
その手に持ったナイフは私の首元を静かに撫でて
もう一度彼の口が私の名をなぞり
感覚が静かにとろけてゆく
そしていつもそこで目を覚ます
夢の中で眠りに就いた私と入れ代わり
私は朝日の中で優しい彼の微笑みをまぶたに残す
明日は彼が私の夫になる日
私は目を閉じて
もう一度、最後の眠りを味わった