「冬の肌」(3/3)
月乃助

 
 その髪のすぐ下、右の肩に小さな木の葉のような痣があった。
 重は、その痣を見ながら、自分にも葉の形の痣が腿にあったのを思い出し、ほんの一時同じ家系か、一族かそんな血を持つ娘を目にしているような気がしてなおさらそのネイティブの娘のことが近しく感じられ好きになった。
 ふと、知らずにこの娘に会うためにわざわざ海を渡らされたのなら、やっとその目的が今成就させられたのだろうと、二人の知る由もないえにしか宿縁のようなものまで思い巡らせていた。
 重の育った村の鎮守の森には、姫命が奉られているという小さな祠が、空も隠すほどの密な杉森の中、清々と飛沫を上げる滝のすぐ横に祭られていた。重の知っている神様はその姫命だけで、だから、同じ痣を持つ娘に出会ったのはその姫さんの導きかもしれぬ。
 それとも…。
 ネイティブの村に林立する、大きな木の柱に彫り込まれた獣達の姿を思い出し、そんなネイティブの崇める神さんの力が、どうしてか娘と重を会わせたのだろうか。中でも大きな羽を広げた鳥の姿は、姫命以上の猛った力がありそうだった。
 娘は、裸になるとベッドの中に滑り込み、重が始めてそこにいるのに気づいたように、重を今度は女が客を値踏みするような顔になって見ていた。わずかに目じりの切れ上がったそれが、勝気な性分を見せるのに、重は、それに気づかぬふりで、着ているものを剥ぎ取るように脱ぐと、女の横へ緑と赤の縞が入ったくたびれた毛布の下に体を並べた。
 濃い木の香りが女の体から立ち上っている。
 森に住む娘。同じ血の娘。
 冬の客の冷たさに娘は、小さく叫び声を上げると、何か聞きなれない言葉を口にのぼらせた。
 それでも、その声音が怒っているのではないのは、娘の笑顔で分かる。
 長い間、そんな笑顔を見る事がなかった。
 重はゆっくりと酒臭い息をふーと一つ吐くと、海を忘れさせてくれそうなその娘の柔らかな胸の上に、自分のごつごつとしたそれを重ねて行った。
 寂しさか、悲しさか、重の心の中に押し潰されているそんなもののすべてを、今抱いているこの娘が吐き出させてくれそうだった。
 一夜次に目を覚ましたら、また、暗い冬空の下、海の上で引き綱を握り締めに船に戻るのだろうに、今は、ただその娘の肌の香りと温もりの中、性急に娘を求めながら故郷の陰鬱な杉森の中で娘を抱いている、そんな気がしてしかたなかった。 (了)


散文(批評随筆小説等) 「冬の肌」(3/3) Copyright 月乃助 2009-11-03 04:51:39
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