死んでしまった女の子から貰った手紙
あらら

死んでしまった女の子から手紙を貰ったことがある
もうおよそ二十年近くも昔の話だ
勿論その手紙は亡くなる前に貰ったもので
彼女はその手紙を書いてから三年後に自殺をした

手紙の消印は十二月十八日で
素っ気ないビジネスホテルの便箋が使われていた
封筒に差出人の名前は書かれておらず
私から手紙が来るなんて思いがけないでしょう
とその手紙は始まり
彼女の仕事のこと
いま長期出張で長野の山奥に来ているということ
その長野の冬の景色のこと街中のこと
一緒に来ている男の同僚が我慢ならないということ
フランスの作家のことアメリカの作家のこと
岩波文庫の「水晶」という短い小説のこと
などがとりとめなく書かれていた

返事は書かなかった
手紙を貰った時には
僕は前の女房となる女と付き合い始めたころで
それどころではなかったし
同じような趣味をもつ娘だったから
少しは気になる存在だったとは言え
正直なところ彼女とは
手紙をやり取りするような
特別な話をした覚えもなかったし
それに何より返事として何を書いたらよいのか
全くさっぱり訳が分からないような
とりとめのない手紙であったということなのだ

しかしそれから
何年かおきに 
ふとその手紙を読み返してみることがある
その度に思うのは
手紙の中の彼女は今も二十四歳だか二十五歳のままで
時を経て変わったのは僕の方だけなのだということ
そしてあの時彼女が言いたかったことが何だったのか
読み返す度に少しずつ
それはごく本当に一部のことだけなのだろうが
分かってくるような気もするのだ
何が彼女を追い込んでいったのか
彼女がどんなところに迷い込み戻れなくなってしまったのか
手紙からは今もよく分からないのだけれど

返事を書けば良かったとは思わない
しかし今四十四歳の僕は 
今四十六歳の君となら
良い友達になれる筈だと心から思う

たとえば出張のついでとか何年かに一度
君の住む街へ出向き二人で食事をし
フィッツジェラルドやエリュアールの話をして
確か酒にはあまり強くなかった筈だから
君はワインをせいぜい2―3杯
多分僕は食後のウィスキーは飲み過ぎだったと後悔しながら
夜風に吹かれ2人駅まで向かう帰り道
君が曲がり角を間違えるので少し遠回りになるけど
僕は黙って文句も言わず
君の話を聞きながら回り道に付き合い
そうして別れ際
僕たちは言うのだろう

今度こそ「水晶」を読んでから来るよ
どんな話なんだっけ?
小さな兄妹が迷子になるんだけど
二人の話じゃなくてね
氷河の話なの

じゃあ
またね 
いつの日か
また
いつの日かもう一度
もう一度
また会おうと


自由詩 死んでしまった女の子から貰った手紙 Copyright あらら 2009-11-02 01:35:55
notebook Home 戻る