創書日和「鞄」 こころのカタチ
逢坂桜


定時を3時間過ぎて、本日の業務終了。

ロッカーから鞄を取り出して肩にかけて、更衣室を後にした。

「ちょっと変わってるね。その鞄」

話しかけてきた彼と、一緒に飲み屋に行き、彼の部屋に行った。

それから2年が過ぎたころ。

私の鞄は、友人のハンドメイドだった。

趣味で鞄を作っていた友人は、ある日、ネットショップを立ち上げた。

記念すべきお客様第1号になったのだ。

後に、彼の言葉は、よくある手ではなく、本心からだと知った。

彼は、いまはもう時代遅れとなった黒いアタッシュケースを愛用していた。

父親から譲られた、と誇らしげに語った。

私の鞄は、私が使いやすいように、長く愛用できるように、
カスタマイズされた、私だけのオリジナルだ。

彼の鞄は、父親が長年愛用していた鞄を、是非にと、
彼へと受け継がれていた。

二人が共に生きる選択をできなかったのは、必然だった。

私は、二人がしあわせになる道を、手探りで進みたかった。
彼は、自分が育った家庭に染まることが、しあわせと思った。

いまも私は件の鞄を愛用している。

使い込んで年季を経て、ますます手放せない。

今日、これから会う彼は、どんな鞄を持っているだろう?

そして、彼はいまもあの鞄を使っているのか、と、
すれ違う人の鞄を見て、ほんの少しだけ、思った。


自由詩 創書日和「鞄」 こころのカタチ Copyright 逢坂桜 2009-11-02 00:25:32
notebook Home 戻る  過去 未来
この文書は以下の文書グループに登録されています。
創書日和。