冬支度
吉田ぐんじょう
・
十月も末になるとパソコンが
鼻をすするような音を立てながら起動するようになる
動作もどことなく鈍くて
悲しいつらい気持ち悪い
という類の言葉は迅速に変換されるのに
楽しい嬉しい気持ちいい
という類の言葉は
いっしゅん躊躇うように静止してから
しかたなさげに変換される
きっとさびしがっているんだろう
おまえは夜の森みたいに真っ暗な空間で
こわいくらいたくさんの配線に囲まれて
それでも発光しつづけなきゃならないんだよね
それはどんなにか孤独なことだろう
囁きながらなぜたりさすったりして慰めてやるのだけれども
いったい何をさびしがっているのかは
ちっともわからないままである
わからないまま抱きしめると
意外なほどにあたたかい
それでようやくこの頃は
ずいぶん寒くなったと知る
・
朝焼けも青空も夕暮れも
曇りの日も雨の日も霧の日も
すべての日々が
あんまり透明で美しいものだから
晩秋のわたしはご飯を食べるのも忘れて
ぼんやり空を見上げたり
せわしなく呼吸をしたりして暮らす
だから冬になるころにはすっかり薄くなって
夫が丸めて持ち運べるほどになるのだけれど
冬になればなったで冬眠のため
せっせと栄養を蓄えるから
何の問題もないのだ
今年もだんだんねむる時間がのびてきて
半日ねてもねたりない
そろそろ浴槽に土や枯れ葉を満たして
寝床をこしらえておかなければならない
・
ほ と夫が飛ばした胞子を
掌で受け止めて
戸棚やクロゼットや食器棚など
あらゆる隙間に植え付ける
やがてそこいらには小さな夫が無数に生えて
隙間の米粒やほこりを食べて騒ぎだす
夫は冬になると
旅へ出てしばらく帰ってこないので
いつもこうしておくのである
夜中に起きてもさびしくないよう
たくさん飼っておくのである
そのうち小さな夫たちは
ゆうこゆうことさざ波のように
わたしの名前を呼びはじめる
なんてかわいらしいんだろう
だからこそわたしは
春になって目覚めたら
我慢できずにこの夫たちを
残さず食べてしまうのだ
冬の間に熟れた夫たちはとても甘い
まだわたしは生きてゆける