あなたの右手は狂人だ
ホロウ・シカエルボク









白濁色の幻聴がミミズのように潜りこむ寒さ、よりの朝、寝床の感触は死に忘れ、生ぬるい亡者の笑い混じりの生業まみれ
汚れた目尻を洗う時に思いついた今日最初のポエジー、目尻から糞、目尻から糞まみれ、Go For It,Baby.
正しさなんか求めたことはない、いつでもスッキリやりつくして眠りたいだけ、だけど寝床の感触はたいてい死に忘れ、どうすりゃいい、どうすりゃいい、どうすれば清々しく、新しい朝とやらに飛びこむことが出来るっていうんだい、感情線からキチガイ飛び出て俺の手相は破綻した、占い師に見せたら悲鳴を上げて卒倒しちまった、当面、予定など爪の先ほどもないこちとら、ご親切に救急車を呼んで病院まで付き添い、注射点滴雨アラレ、やっこさんが生気を取り戻すまでずっと待ってやった、なのにやつは目を開けるなり、礼も言わずに帰ってくださいときたもんだ、「あなたの右手は狂人だ」「そんなの判ってる」そんなこんなで病院を出ると辺りはもう夕焼けに包まれていて、このへんに土地勘のない俺はとりあえずバス停を探したがよく考えるとバスに乗れるほどの金を持っているのかどうか定かじゃなかった、さて参ったなとポケットを探ったら占い師の札入れが出てきた、そうか、倒れたときにヤツの懐から零れたものを拾っておいてやったのだった、渡すのを忘れていたが、もう渡さなくたってかまいやしないだろう、札入れを開くと10数万の金が入っていた、やれやれ儲かるもんだな占い師ってのはなんて思いながらタクシーを止めてもといた街へとゆったり帰り、ちょっと豪華な夕食を食べて、部屋に帰ってテレビをつけるとニュースの時間だった、「占い師病院で死亡」そんな言葉がいきなり飛びこんできた、俺は狼狽したが、誰も今日のことを俺のせいだなんて思わないだろうと思って気持ちを落ち着けた、念のため札入れはきちんと処分して、残った金を自分のポケットに入れた

次の日の目覚めは最悪だった、死に忘れに他人の死がまとわりついているわけだからどれだけ酷いか想像も出来ようってなもんだ、俺は自分の右手をしげしげと眺めた、たいしていいとは言えないがそんなに禍々しいものだとも思えない、ただそこからキチガイが飛び出して、手相が破綻してるだけだった、だけど今日は昨日の街の方には出ないことにした、俺のことを覚えてるやつだってまだたくさんいるだろう、面倒なことには関わりたくないのだ、占い師にはすまないことをしたという気持ちもないではないが、俺だってあんなことになるとは思ってもみなかったんだ、電車に乗って少し離れた繁華街まで出かけた、ホームに降りた途端に若い男がわけの判らない言葉を喚きながら俺に飛びかかってきた、倒れた俺にまたがり、犬のように歯を剥き出しにして俺の喉笛を掻き切ろうとした、完全にイッちまっているがそこそこハンサムな野郎だった、俺はヤツの牙を避けようと右手を伸ばしてヤツの顎を押し上げた、するとヤツはもの凄い悲鳴を上げて俺から飛びのき、いままさにホームに滑り込まんとしている快速の前に飛びだした、轟音、無数の悲鳴、嘔吐する声、バタバタという足音、猛烈なスクリーミンがホームを支配した

俺はほんの少し警官と話をする必要があったが、男が喚きながら俺に襲いかかったため、たくさんの人間が俺たちのことを見ていた、誰もが電車を降りた途端に俺が襲われたのだと証言した、「まあ、いいでしょう」と警官は言った、「災難でしたね」「まったく」と俺は言ってそこを離れた

駅のそばの喫茶店で少し休もうと思ってソファーに腰をおろしコーヒーを頼んだが、困ったことにそれに口をつける気分には全くならなかった、諦めて背もたれに身体を沈めて目を閉じた、しばらくそうしているだけのつもりだったがやがて眠りこんだ

金切り声と右腕の焼けるような感触に目を覚ましたら、入ってきたときにはいなかったウエイトレスが血走った目で俺を睨みながら俺の右腕に何度もナイフを突き立てていた、騒ぎを聞きつけた近くの客や他の店員が彼女を俺から引き剥がした、俺の右腕はやすりにかけられたみたいにボロボロになっていた、店の責任者が青ざめた顔で何度も詫びながら俺を病院まで連れて行ってくれた、治療を済ませて待合室に出てくるとさっき駅で話した警官がいた、さすがに彼も今度は少し俺のことを疑ったみたいだが、この人は寝ていただけなんです、と店の責任者が証言したので警戒を解いた、「災難でしたね」話が終わると警官はまたそう言った、きっと彼らの癖みたいなものなのだろう、俺は今度は笑いも答えも出来ず、ただ黙って首を横に振った、警官が家まで送りましょうと言ってくれた、パトカーの中で俺はずっと右手を固く握りしめてポケットに突っこんでいた「気を付けてくださいね」警官は最後にそう言った


眠るどころじゃなかった、その日は。















自由詩 あなたの右手は狂人だ Copyright ホロウ・シカエルボク 2009-10-28 21:26:53
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