passage
木屋 亞万
この道を通るならあなたが愛する文章の一節を朗読しなさい
あなたが創ったものでも構わない
もしもあなたの記憶に誤りがあっても
口からでまかせを即興で唱えたとしても
誰もあなたを攻めはしない
耳をそばだてるすべての受動物は
ただあなたの語る文章から愛を感じようとするだけ
今宵は月がないから星がきれいに見える
来年には街のあかりも消えてもっと輝くだろう
街灯を一つずつ覆いつくそうとしている虫達に会ったなら伝えてくれ
人間が光を失ったとしてもそれは君たちの功績ではない、残念ながら
暗闇には奪おうという気持ちが潜むものだ、金を、身体を、我が物に
最古の匿名性は夜道の背後にあった
ほとんどの場合、誰が襲ったのかわからない、だから何でもやりたい放題
だから匿名は別に新しいことではない
誰がやったかわからないことはこの世に溢れている
地球が誕生してからこれまでを一年に例えたりするけれど
人間はその11ヶ月についてほとんど語ることができない
僕らはいつでも年末にいて師走を駆け足で説明したがる
ミッシングリンク、失われた環と言われるいくつもの欠落が
地球の歴史にはある
ど忘れされた記憶のように、小学生の歯のように
ところどころに隙間があって、
そこに何がいたのかを僕らは想像するしかない
ここにこんな生き物がいたはずだ、と
あなたがもし文章のワンフレーズだけを諳んじていて
そのフレーズと結末の間にあるストーリーについての記憶を紛失していたとして
あらゆる受動物たちはその状態を嬉々として迎え入れ
各々が失われた接合部を想像し始める、
自分が考えうる限り自然な形のものを描き出していくのだ
夜空を見上げても星がほとんど見えないときでも
化粧の濃い女性の目蓋のラメに、星空が負けていたとしても
僕らは街の大声に消されてしまった小さな声に耳を傾けるのだ
聞こえるさ、聞き取れるとも、
そのために受動物たちは耳をすませているのだから
人間はいつまでたっても年末にいて
どうやら年は越せそうにないらしい
失われた11ヶ月のときについて考えるのが僕らの習慣で
その道をなかなか避けては通れない
もしあなたがその習慣に消極的で
どうしてもこの道を通り抜けたいのなら
あなたの愛する文章の一節を感情込めて読み上げればいい
それが彼らのヒントになるかもしれないし、
誰かがあなたの失われた記憶を探そうとするかもしれない
もしあなたが記憶の一切を失っていないとしても、ね