回心の海
山中 烏流


ひたすらな静けさにたたずんで私は声をなくす/それはまるで切り離されたようだ、しかしそれよりは遥かに酷い状態だ/少女は亜麻色の髪でなくてはならなかった。しかし、乙女である必要はなかった/空を飛ぶ魚とは、実に的確だと彼は言う。更に、詩的だと、続ける。私にとっては彼自体が詩的だ/海月を好きなのは、いつかの誰かの影響だ/私はもう色々を知っているから、突然自分の太ももが赤く濡れようと、枝毛の多さに驚こうと、風呂場の窓が開け放たれていようと、何も思わない/私は、そこで回心する。





彼は誰も救わなかった。
人々の目が枯渇するのを見て、そこに餌を投げ入れただけだった。
ただ一人、その様子を見ていた少女の胎内に潜り込んで生まれ落ちるまで
彼には罪など、何一つなかった。





「月明かりはどこまでもを照らさない」/「もしも彼が誰かを、何かを助けたとしよう」





私は穏やかに墜落を始める。
蝋の羽は溶けてしまうのだから、当然の話だ。
そして、人々は口々に彼の、彼等の仕業だと言う。





やはり彼は独りきりだった/意識を、思考を持つ者がない場所で、彼は常に孤独だった/世界はいつか橙に染まるのだという。私にその真意が分かる筈もない/今日は鯨型の雲を見た。昨日は地平線に添う月を見た/私は進んで迫られる。そこに至る過程で、彼が関わったことはやはり何一つない/すがることは、果たして自己防衛と呼べるのだろうか/少女は選んで乙女へと変化する。少女は進んで、女へと変化する/人々は言葉に埋もれてしまった。そしてそれは、決して褒められることではない/誰かが今日も贅沢だなんて言葉を吐いては、また、踏みつけられていく。





少女はきっと笑っている。
選ばず、進まずにいる人々を見て、きっとどこかで。



無邪気に、笑っている。











自由詩 回心の海 Copyright 山中 烏流 2009-10-26 01:25:16
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