「波の声をきいて」(6)
月乃助
ためらうことなく男達の目の前で白いブラウスを脱いだ。白いブラジャーのほっそりとした体に陽がいっそう白く肌に弾けた。
そして膝をおとすと、すぐにそのブラウスをアザラシに着せ始めた。
「スカートもぬいだら、どうだいねえさん」
男達はそんなSayoのようすをひじを突きあい、楽しむように下卑な笑いをあげて見ている。
ブラウスのすそを縛って袋にし、両方の袖を結んでそこに自分の体を滑り込ませ、アザラシをぐっと背に持ち上げた、さすがに重いしヒールの高さが邪魔になるが、どうにか歩けそうだった。腕を後ろに回し赤子を背にするようにすると、少し安定感があった。アザラシが動く元気もないのが、今はありがたい。もし興奮して暴れたりされたら、手がつけられないのは、シャチにヒレを食いちぎられたアザラシを見て知っていた。
海の香りが裸の背にした。
何かばかなことをやり始めていると思うのに、止められなかった。
ウォーフはドラム缶のようなものの上に板を張った、そんな簡単な作りで、歩くたびに足の裏に水の動く不確かさがある。入り江の水面を走るように潮風が吹いてくるのが分かるが、よろめきながら歩いていてもそれだけがひんやりと不思議と感じられた。
この子は死なせない。
進む先には魚のショーケースの上に白いビニールの袋が、その奥で娘がSayoを見つめていた。
フィッシュ・アンド・チップスの店の客達が、みなSayoのことをやはり不思議なものを見る者の目で追っていた。それでも、誰も声を掛けないのは、その姿があまりに鮮烈だったのか、それとも、Sayoに誰にも声をかけさない凄みがあったからかもしれない。アザラシを背負った半裸の、アジア人の容貌をした女。
ウォーフに渡された板をふらふらしながらもSayoは上りきり、駐車場を抜けると通りに出た。
アザラシはただ死んだように重い肉のかたまりになっている。ただ、動かずにいるのに、Sayoの背にはちゃんとアザラシの魚臭い息使いがあり、まだ、ちゃんと生きているのが分かる。
アザラシのひげが時折背の肌を刺した。
Sayoはそのアザラシを背負いながら、今自分がどこに向かっているのか分からず、道の先を見つめていた。
街路樹のわずかに黄葉し始めた楓が、夕日に赤く染まっていた。
Sayoの長い影が人気のなくなった町の無機質なアスファルトに張り付き、足元でそれが揺れているように思えた。
Sayoは海の声を聞きたくなった。
(つづく)