背中には向日葵(リライト)
木屋 亞万
光に弱い体質だった、身体がというよりも、精神的な部分で
拒絶反応が出て、カーテンを閉め切った部屋に閉じこもる日々が続いた
わかったつもりの大人がやってきて、何もかもを大衆と社会のせいにして
去っていった、この世から太陽がなくなれば僕だって外に出てやるさ
町をさ迷い歩くこともあったのだけれど、それは真夜中に秘かに行われた
大人は誰一人そのことに気付いていない
ベッドの下に蛍光緑のラインが入ったスニーカーを隠し
月明かりに反射する靴の明るさだけで、夜の闇を
進んでいくことができた、月は太陽の光を反射して明るい
靴はその月明かりを反射して明るい、間接の間接で
光を浴びてはいるけれど、それぐらいの濃度なら何ら問題ない
薄い毒なら少しくらい飲んでもすぐには死なないのと同じ
むしろ闇の中の仄かな光はアルコールのように心を痺れさせた
大人になると心を覆う膜が厚くなったのか
昼間でも山間部には出かけられるようになった
季節に関わらず麦藁帽子を目深に被り、長そで長ズボンに手袋は欠かさなかった
誰が言い始めたのか、僕はカカシと呼ばれるようになった
案山子ではなく欠かしと書くカカシだ、確かに何かが欠けている僕は
僕を批評する冷たい目に腹が立つとともに、少し心地よさも覚えていた
それは塩の濃度が高い死の湖で泳ぐような快感だった、精神の粘膜が痛いくらい痺れた
強く雨が降る日に、傘も差さずに家を出た、麦藁帽子も手袋も部屋に残して
台風に蹂躙される街は僕のもの、僕だけのもの、
横殴りの雨、薄暗い街、ぶつかりあう看板と壁、引きちぎられそうな木々
目が開けられないくらい大粒の雨の殴打、もっと僕を叱ってくれ、僕の町よ
キャスター付の看板がこちらに吹き流されてきたので、思い切り蹴り倒した
丁寧に並べられた植木鉢の列を支える土台を蹴り倒し、花を踏み潰した
僕は台風、僕は町、蹂躙するのは僕、蹂躙されるのも僕、大人は何も見えていない
電線がイカれた縄跳びみたいにびゅんびゅん鳴って、雨は空中で波打っていた
興味本位で見に行った川の、暴走する濁流に足元をさらわれて、僕は流れ去ってしまった
目が覚めたら、生きていた。
僕は死にたくないと思っていた、泥水を飲みながら、何度も、目が覚めるまでずっと、
それは僕の意思じゃなかったし、僕の手の届かない所にある僕のすべてでもあった
病室は身体を癒すための場所ではなく、心の暴発を監視する場所だった
僕は欠かしという呼び名が嫌だった、どうしたものかと考えあぐねて、
向影葵と書いてひまわらずと名乗ることにした
お見舞いにもってきてもらった花を解体するのを日課にしていた僕のことを
ひまわらずと呼んでくれる人は誰もいなかった、花は僕に許しを請うことはしなかったし
断末魔の叫びをあげることもなかった、もちろん僕の名など呼ぶはずがない
姉は花を毎日持ってきた、そして解体された花を丁寧に集めて、
日記にセロテープで貼り付けていた、こうすれば花はしばらく色を失わないのと言った
母はもう母ではなくただのヨウコになっていたので、手紙と金が母を象るすべてになった
姉が僕にとっての母で、手紙も金もただの紙と金属だった
ある日、姉がいつもの雑多な花束ではなく、大きな一輪の花だけを持ってきた
向日葵か、僕の真逆だ、と思った、実際にそう姉に言ったのかもしれない
姉は僕に言った、この花はあなたの真逆じゃないわ、あなたと隣りあわせなのよ
つまりね、
あなたの背中には向日葵があるのよ、
向日葵を背負っているからあなたは光に背を向けるの
光に背を向け続けることはあなたの向日葵を育てることなのよ、何も悪いことじゃない
姉はそういうと、僕が解体した白い花びらをノートに貼り付け始めた
僕はその向日葵を壊すことができなかった
壊すどころか一輪挿しの水を毎日入れ換えて、大切に世話した
向日葵と目を合わせることはしなかったけれど
その花が自分の分身であり、自分の影であるように思えた
姉は向日葵を持ってきた日、病室を出るときに、こちらを振り返って呟いた
向日葵は太陽の方をしっかり見つめるイメージがあるけどね、
実際のところ向日性はそれほどじゃなくて、いつも太陽を見ているわけじゃないのよ
そう言い終わると部屋を出ていった、
僕の背中の向日葵もそれぐらい適当に咲けばいいのにと思った