航路
三森 攣
金魚はきっと世界を弾丸に替える目を持っているでしょう。
静止しているか光速の平行移動で過ぎ去る世界しか、彼にはわからない。
一心に水を蹴るのは、少しでも世界を動かすため。
動く世界を渇望しているから。
彼が動かなければ、世界は動かない。
波紋を立てるのは、きっとそんな世界にたまらなく苛立っているから。
目で追えない世界に堪らなく厭いているから。
波紋で世界は壊れてくれるから。
それでも時間がたてば世界は元通り。
波紋は結局世界を変えてくれない。
いずれ金魚は世界を憎んで力を溜め
飽くなき空へ飛び立つのでしょう。
彼は彼を愛した世界を捨てて、別の世界へ目指していく。
もし空が彼を赦したなら、彼は広い大空を泳ぐでしょう。
空が彼を祝福するでしょう。
捨てられた世界は動かない。
世界の主に捨てられた水面は虚ろに呆け
ゆっくりと錆び付いていくでしょう。
彼は空の祝福に歓び、感謝するでしょう。
無上の悦びを得るでしょう。
しかし彼は同時に知るでしょう。
祝福で渇望は満たされないことを。
代替は利かないことを。
渇望と憧憬に満ちた世界を失くしてしまったことを。
彼は涙を流さず、泣くでしょう。
泣き声はかすれることなく響き渡り、いつしか彼は
鳥になるでしょう。
帰るべき世界を求めて彼は、空を裏切る弾丸になるでしょう。