航路
三森 攣

金魚はきっと世界を弾丸に替える目を持っているでしょう。
静止しているか光速の平行移動で過ぎ去る世界しか、彼にはわからない。
一心に水を蹴るのは、少しでも世界を動かすため。
動く世界を渇望しているから。
彼が動かなければ、世界は動かない。


波紋を立てるのは、きっとそんな世界にたまらなく苛立っているから。
目で追えない世界に堪らなく厭いているから。
波紋で世界は壊れてくれるから。


それでも時間がたてば世界は元通り。
波紋は結局世界を変えてくれない。


いずれ金魚は世界を憎んで力を溜め
飽くなき空へ飛び立つのでしょう。


彼は彼を愛した世界を捨てて、別の世界へ目指していく。


もし空が彼を赦したなら、彼は広い大空を泳ぐでしょう。
空が彼を祝福するでしょう。


捨てられた世界は動かない。
世界の主に捨てられた水面は虚ろに呆け
ゆっくりと錆び付いていくでしょう。


彼は空の祝福に歓び、感謝するでしょう。
無上の悦びを得るでしょう。


しかし彼は同時に知るでしょう。
祝福で渇望は満たされないことを。
代替は利かないことを。
渇望と憧憬に満ちた世界を失くしてしまったことを。


彼は涙を流さず、泣くでしょう。


泣き声はかすれることなく響き渡り、いつしか彼は
鳥になるでしょう。


帰るべき世界を求めて彼は、空を裏切る弾丸になるでしょう。


自由詩 航路 Copyright 三森 攣 2009-10-20 03:00:31
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