一瞬を越えて行け
小林 柳


時に陽光の眩しさに
時に雑踏の中ひとり
愕然として立ち止まる
背中を押され
肩を弾かれ
何処にいるのか わからなくなる
どこかへ散ってゆく人の
波の中 俺は何処へ行くのだろう

今 視界に在る確かな全て
淡く やけに輝いている
交わす挨拶もいつもの会話も
それらの温度は
沈む太陽の熱と冷める

多くを遥か後ろに望み
常に移ろう一瞬の
その端を歩き続けている
目的も解らず
やみくもな素描のようで
言える事など殆ど無く
ただ少し笑ってみても
後悔だけが付いてまわる

過ぎ去った一瞬を
離さず握りしめている
青みがかった残像が揺れ
手の熱で色褪せるまで
固く指を閉じる

戸惑う自分にやるせなく
ポケットの中に手を突っ込めば
途切れたままの言葉が
皺だらけで転がっている
いつか手紙を出すとき
きっと書くなんて言い訳をした

現在は溶けて消えてゆく
ただ続いてゆく日々の中
一切全てが
吸いこまれては過去になる
疑問と不安だけを
ぼろぼろとこぼして

前も後ろも無い
消えてゆく今
生きているこの場所にしか
俺はいたくない、けれど

忘れられない悲しみよりも
消えてゆく優しさで在りたいから

もう行かなければいけない
その時には
悲しみを一緒に連れて行こう
思い出も半分貰ってゆこう
道すがら懐かしんで
悲しい気持ちは旅路の上
異国の空へ投げ捨てるさ

もう半分は
いらなければ捨ててくれ
楽しかった事しか
残さないつもりだから
もしも悲しいときは
思い出に笑って
その事だけ覚えていてくれ

もう行かなければいけない
その時には
今を超えて進もう
瞬間を跳べるか
日々の境を
寂寥と希望の境を
越えて行け
動き出す雑踏の中
過ぎゆく一瞬を


自由詩 一瞬を越えて行け Copyright 小林 柳 2009-10-18 20:43:51
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