初秋
古月

三階階段の縁から身を乗り出して
手を振るのは逆光の天窓を遮る影なのです

その振り子運動の往復に眼球が催眠される瞬間
私は階段の縁に手も掛けず三階下を覗き込み
爪先も触れぬ一個の天秤の両端であり

頭の中では頻りに鳥が啼い、て、て、て
五色の羽根を広げ私の口を借りて声高に
曰く
一九三七年十月十五日初秋
侘三井郡那斐寺字能上、稲田の上稲田の井戸の
つめたい死体の見ゆるは神通力のお告げなりと、
祈祷師などと、詐欺師、ペテン師、女狐、毒婦、
田鶴子などと、淫乱、売女、股割れ、阿婆擦れ、
あの女が、あの女が、

三階階段は逆光の燦燦と降る、る、るに支えられ
往きつ復りつの影は脳の空ろを鷲掴みにし

嗚呼、眼球の調子、具合が酷く、悪い、心持ちがする、
脳髄が視神経を、軋々と、曳き絞る、れば
黒目は面白い、ほどに裏返、り、り、り

五色の羽根が脳の其処此処から生えてきて
私を思い思いの方へと連れて去ろうとするのです
私は容易く浮く爪先を廊下に押し留めようと
抵抗するも敵わずに口を開けば田鶴子、田鶴子、と
つめたい井戸の底の、何ず処に、淫売、淫売、

その振り子運動の往復に眼球が催眠される瞬間
私は階段の縁に手も掛けず三階下を覗き込み
爪先も触れぬ一個の天秤の両端であり

五色の羽根は天窓の白光の燦燦と降るに手摺を跨ぎ
田鶴子は淫売、詐欺師、ペテン師、稲田の上稲田の
つめたい井戸の底に翻る身を階下で見つめる私へと

三階階段の縁から身を乗り出して
手を振るのは逆光の天窓を遮る影なのです


自由詩 初秋 Copyright 古月 2009-10-18 16:57:54
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