タンポポ
殿岡秀秋

地面から声がする
見おろすと小さな
白い帽子が揺れる

帽子を乗せている茎を折って
目の前に近づける
帽子に見えたのは
米粒よりさらに小さな女の子たちが
たくさんぶら下がっている姿だった

息を吹きかけると
白いスカートに
風を招きいれて
女の子たちはいっせいに飛んでいく

どこまでも空に舞いあがっていく女の子と
野原の草の間に隠れてしまう女の子とがいる
空気の粒にまぎれたり
野原の土にかくれたりして
すぐに見えなくなってしまう

白い服を着た小さな女の子たちがぶら下がる
茎を折って唇に近づける
「どこへいくのか教えてね」
女の子たちは笑顔でうなずく

ぼくは口を膨らませてから
息をふきかける
それを合図に
女の子たちは風をつかんで浮きあがる

ぼくは走りながら追いかける
女の子たちは手をふってくれるが
すぐに見えなくなってしまう

また春がきて地面から
帽子の形に並んだ
白い服の女の子たちが
ぼくを呼ぶ

数十年が過ぎて
ぼくは道端のタンポポの茎を折る
茎には染みがある
すでに風に飛ばされたものが多くて
残っている綿毛はわずかだ
白さはなくなり
茶色や黄土色が混じっている綿毛を
支えるガクは水気を失って
陽に焼けた老人の皮膚になっている

タンポポが変わったのではなくて
ぼくの目が年輪のように皺を増して
タンポポの茎の襞まで
見るようになった

遠い日に
野原に隠れた女の子たちは
地中深く根を張って
幾世代にもわたって
黄色い花を咲かせ
白い綿毛をつけているのだろう

逢うことがなくなった人は
どこかで花を開いているかもしれない
遠景に去った人を
呼び戻さなくても
目の前にある綿毛に
息を吹きかければ
白いスカートを広げて
昔のままに弾んで
微笑んでくれる

綿毛の先の黒い種は
あの人の瞳だ


自由詩 タンポポ Copyright 殿岡秀秋 2009-10-17 05:24:39
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