月夜の口笛
服部 剛
終電のすいてる車内の空席に
リュックサックを放り投げ
転寝をする僕に
(ちょっと・・・邪魔)と言い
わざわざリュックをどけて座り
草臥れスーツを脱いだ
酔っ払いのおじさんに
さすがの僕も むっ として
ちらりと顔を見た後は
どぅどぅどぅ・・・
どぅどぅ・・・
どぅ・・・
繰り返しながらゆっくり
気持を鎮めていたら
次の駅でおじさんは
ふたたび萎れたスーツの袖に手を通し
開いたドアを通り抜け
禿げた頭にゆげを昇らせ
無人のホームへ下りていった
日常の、すべての怒りは
自分を蝕むほどに
阿呆らしい
時折僕はぐっと堪えて
(涼しい顔で)唱えるだろう
どぅどぅどぅ・・・
どぅどぅ・・・
どぅ・・・
人気無い、深夜の家路を歩きながら
終電の車内の場面など
何処かへ消えてしまったように
気がつけば、月に向かって
口笛なんぞを、吹いていた