フレンチトースト
百瀬朝子
初秋の風が吹くころ
フレンチトーストが食べたくなる
あたたかいカフェオレをともにして
愛しい人を想い描きながら
サクッ ふわっ しっとり甘い
フォークを持つ大きな手 あなた
卵と牛乳を溶いて
砂糖を加え、かき混ぜる
淡い黄色の液体に
六枚切りの厚めの食パンを浸す
食パンは乾いていて、
液体をみるみる吸収して重たくなる
もっともっと吸わせたい あたしは
菜箸で食パンを沈めてやる
フライパンにバターを落とし
コンロの火をつける
バターがゆっくり溶けだして
充分にあたたまったところに
浸した食パンを いざ!
ジュジュジュジュワーパチパチパチ
バターの香りが換気扇に吸い込まれる
その途中、あたしの鼻腔を刺激して
あたしの口の中をいやらしくしていく
すっかり高くなった秋の空に馳せる
ふと気がつくと フライパンではちょうど
食パンが美味しそうな焼き色をつけていて
それはまるで ここにはいないはずのあなたが
知らせてくれたみたいな何気なさ
そんな瞬間が うれしい
片面がフレンチトーストになった食パンを
ひっくり返す
あたしの心はひっくり返ったりしない
だってあたしは裏切らない
香ばしくなったバターのにおい
カフェオレはインスタントでいいや
コーヒーをおとすあなたはいない
インスタントでいいや
ミルクパンの鍋はどこへしまっただろう
まあ いいや
牛乳は電子レンジのオートボタンであたためれば
いいや
フレンチトーストは真っ白いお皿に盛りたい
一枚を半分に 斜めに切って
二枚になったフレンチトーストは
バランスよく重ねて盛る
仕上げはメープルシロップ
あなた好みにたっぷりかけて
お店のメニューみたいでしょ?
飾りのミントはないけれど
サクッ ふわっ しっとり甘い
初秋の風 愛しい人