セプティエンブレ
吉田ぐんじょう


空が脱脂粉乳のように
薄く万遍なく引き延ばされてしろい日
うすぐらい部屋のなかで洗濯機を回している
色とりどりの洋服は不要になった皮膚のように
集められ濡らされ浮かんだり沈んだりし
渦を巻く水面はまるでこの世の終わりのようだ


こんな赤いシャツを
こんな黄緑のジャージを
わたしは持っていたんだっけ
それとも勝手に生えてきたのか知ら
何もかも確かではないのね
そんなことは生まれたときから知っているけれども

少し開けた窓の隙間からは
輪郭だけの猫がにゅるんと入ってきては
わたしの足もとを
あわただしく回ってすぐに出てゆく
名前をつける暇がないから
愛することもできないや
昼間
くぐもった音を立ててモーターが回っていて


ものを食べるタイミングがよくわからない
職を離れて家にいるようになってからは
ますますわからないから困る
死ぬまで一緒にいようね
と誓いあって体を半分ずつわかちあった人とは
七年前に別れてしまった
最後の日は
たしかたべものの話をしていた
あれ さんしょううおのくんせいってどこの名産品だっけ
と言いながらあの人は
だんだんに薄くなって消えてしまったのだった
福島です
と答えてあげればよかったんだけど
答えなければ
ひきとめることができるんじゃないか
と思ったから言わなかった
ひきとめても終わりであることに変わりはなかったのに
あの人あれからさんしょううおのくんせいを探すために旅へでて
今もどこかの星空の下を
いっしんに歩いているのかもしれないのに

さんしょううお
と言いかけてやめて
所在ないので煙草を吸った
このまま死んでゆくのかなあ
と呟きたかったんだけど
このまま まで口に出してやっぱりやめた
背後では深く夫がねむっている
本当によく眠る人だ
だらんと伸ばされた
右手なかゆびの爪を少し齧ると安心した
この人はきっとどこへも行かない



郵便受けに宛名のない手紙が舞い込んできた
便箋四枚にわたって
アケビアケビアケビアケビアケビ
とだけびっしり書き連ねてあったので
そのまま捨てた
こんなことがたまにある
もう秋だなあと思う

そのあとわたしも誰かに手紙を書こうと思って
便箋を取り出したのだけど
どうしても
手紙を書くべき人のことを思い出せなかった
仕方ないから便箋の端に
ボールペンで落書きをするが
わたしの落書きは何を描いても
子宮みたいになってしまう
そのうち疲れてしまったので
いくつかの子宮の上に頬をつけて眠った

さびしいなあ
みんなどこへ行ってしまったのだろう
帰りたいなあ
だけどどこへ帰ればいいんだろうなあ

夕暮れのひかりがまっすぐに差し込んで
気づいた時には部屋じゅうが
たゆたゆと温かいべにいろの海だ
さびしいなあともういちど
ありったけの強さで思って
思い切ってわたし
深いところまで沈んだ






septiembre...9月。







自由詩 セプティエンブレ Copyright 吉田ぐんじょう 2009-09-29 17:55:13
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