祭り、花火、姉と紅い夢
結城 森士

十七年も前の、夏祭りの夜
祖母に連れられ、幼い私は手を引かれ
祭りの光の中に溶け込んだ八歳の姉を
捜し歩いていたのだ
途中、祖母に駄々をこね
一匹の紅い金魚をすくってもらった
二人と一匹は急ぎ足で
人々の群れの中を
掻き分け進みながら
姉の名前を呼んでいた

邦恵ちゃぁん
邦恵ちゃぁん
お姉ちゃぁん
邦恵ちゃぁん

…大気の振動と地響きと共に
 夜空に大輪の花が散った
 私たちの声は
 他の無数の声によって
 掻き消された
 
あ、紅い金魚が跳ねている
ね。

淡い提灯、橙色の明かり
揺れている ゆら(ゆら 咲き―
―乱れる アジサイ柄の着物を着た少女の黒い髪の毛の匂いやら
ムラサキ色の口紅の
季節はずれの桜たち

あ、紅
  い金魚が
     口
     をぱくぱくと…

人々の群れの中に
屋台の小父さんの掛け声だけが際立って
(さぁ寄ってらっしゃいいらっしゃい
(射的ー えー射的ー えらっしぇい

見渡すと皆一様に口をぱくぱくと…
          ぱくぱくと…
          太鼓の音が鳴る
          ダンダン、ダだん。だん
―歩いていた…。私たちは、八歳になる姉を探していたのだが…。空は夜なのにまだ蒼さを残していて、私は、雲が流れていくのを眺めて立ち止まる。手を引く祖母の手の、乾いたシワの硬さを、感触を、未だに覚えている。私に何かを伝えようと喋っていたのだが…

ぱくぱくと…
ぱくぱくと…

太鼓の音が一層強まっていく
ダダン、
狐のお面をかぶった5、6人の少女たちが通り過ぎ、一斉に歓声が聞こえ、轟音と共に七色が宙に舞う

ぱぱら。パラ

(そんな金魚
(すぐに死んでしまうべ
(もっと粋の良い金魚
(今度買ってきでやっがら

遠くで、赤が明滅していた

祖母が青ざめた顔で何かを喋っていた
あいにく私には聞こえなかった
金魚が苦しそうに空を仰ぐ
夜空に向かって口をぱくぱくと…
邦恵ちゃぁん
私の手を強く引いて
人の群れを掻き分けて
祖母はどんどん歩いていった
邦恵ちゃぁん、邦恵ちゃぁん
紅い金魚は
水色の袋の中で夜空を仰いでいる
太鼓がダンダンと鳴り止まない。糸のように夜を流れ落ちていく火花。次第に蒼ざめていく空。流れぬ雲。花と散る夢。姉は、まだきっと何処かで踊っている。一心に踊っている。祭囃子が、鳴り止まない。いつまで経っても…。

邦恵ちゃぁん

邦恵ちゃぁん


自由詩 祭り、花火、姉と紅い夢 Copyright 結城 森士 2009-09-26 18:28:11
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