新宿
熊野とろろ


誰かに話しかけてほしかった
誰でもいい誰かさんに「今夜も街は雨なのですか」と
尋ねようか、どうしようか
僕は今、新宿東口に居て
途方もなく眠たげなんだけどさ

  ゴキブリだらけの
  だらけきったカプセルホテルで
  彼らは自分のことで精一杯だからと
  血液を逆流させるのだ
  その上、図々しくも皆が纏まって器用にひとつになる

僕は時計の針とにらめっこ
どれくらい此処で彼らは、
彼女らは涙を流したのだろう
誰にも見せない涙の粒を
皮肉にもまた人の手によって
掃かれていくけれど、

  僕は語りだすことが出来なかった
  僕は見ているようで何も見えてはいなかった
  だってやつら、おとぼけてあまりに愉快だから
  また君に会ったなら教えてあげたい
  滑稽がまるっきりすり替えられて
  気が狂うほど延々、続くんだ

もうすぐ僕は中央線に乗るよ
思うんだ、故郷ってのはひとつじゃないって
生まれ故郷なんざ誰も変えられないけれど
思うんだ、また別にたましいの故郷ってやつがあるんだって
そいつは自分で択ばなくちゃいけないんだってこと

  誰かに話しかけたかった
  「おーい、ここのルールをお聞かせ願いたい」
  夜のガラスに映りこんだ僕の
  もっとも新宿の貌に語りかけていた

  


自由詩 新宿 Copyright 熊野とろろ 2009-09-24 12:49:23
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