涕涙温溶
木屋 亞万

永遠のひび割れていく音がして
半球は淵から欠けていく

美しいひとに抱きしめられ
全身でぬくもりを感じるまでは
生きていようと心に決めた
あの冬の寒い日
凍結した死の決意は
恋をしたときに
溶ける気配を見せ始めた

土砂降りの雨が
もう十数年降り続けている
私の胸元の世界で
画用紙で作ったような薄い私が
クレヨンで描いたような涙を流している

誰かが笑うたびに心臓が毛羽立ち
小声の会話を聞くたびに堪忍袋は切り刻まれた
私の世界の私の石像は酸性雨を一身に浴びて
ただの細長い岩へと変わった

私らしいものなんて
この世界には微塵も存在しない
私は誰かに似たものの寄せ集め
他のやつらもみんなそうだったらいいのにと
心のどこかで願っている

雪山の棒状化した樹氷の群れのように
曖昧な輪郭だけになった石像が並んでいる
寸胴な建物に暮らす人々の感情もずいぶん寸胴になった

点と点を結ぶ線が点の多さに辟易としてしまって
都会では点は孤立し
点はたまらず群れを作っている
線で結ばれることのない点の群れは
日々ぶつかり合い
空中分解を繰り返している

いつまでも果てなく続くと思っていた永遠は
ひび割れては欠け、欠けてはひび割れて
今にも壊れそうになっている

誰かに優しく抱きしめられるまで
死んでたまるかと思っていた
誰かに抱きしめられる可能性を前にすると
不意に死んでしまいたくなるようになった
雨粒が地に叩きつけられる音が絶え間なく響き、
石像は失われた目で涙を流し続けている


自由詩 涕涙温溶 Copyright 木屋 亞万 2009-09-21 17:44:26
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