夕焼けについて
オイタル

車のドアを開けて
アスファルトに降り立ち
ゆっくりと
夕焼けを踏む

夕焼けについて書こうと思う
古びて傾いた夕焼けについて
それは人通りのなくなった街道の
傍らに立つ廃屋の壁に
擦り傷のように貼りつく
役立たずの夕焼けである
はるか西に伸びる道の奥の
峠を越えて下ったほの暗い海から
夕焼けは誰とも言葉を交わさず はるか
ひた走りに走ってきた
そして早々と女に出会い
目のところでその身を
断ち切られてしまった

女について書こうと思う
雨の女の眼について
その女は さわさわと鳴る
栗の木の梢の下
そこだけ円く雨のふる
黒く汚れた国道に立っていた
一輪車に
汚れた野菜を山積みにして
裸の髪と肩とを透き通らせる
女の冷たく凝った眼が
何がしかの憎しみを額に光らせて
土手を登る男の背中を見つめている
土手を登る男の

土手の上の静寂について書こうと思う
二度と決して戻ることのない
ぼくの底の底の偽りなき静寂について
短い草が足首の辺りをなでる
三本杉の根元を黒い川が流れ
犬が流れてくる
木箱が流れてくる
薄い手袋が流れてくる
細々と身を折って
その身の危うさを確かめて

ぼくは土手にひざを抱えて
ずっと見ていた
タンポポが 風のまにまに
眼を閉じて薄く笑うのを
古びた夕焼けが
大葉の葉裏に
ちいさくさび色に滴るのを
ぼくは白い車の傍らで
ずっと ずっと見ていた


自由詩 夕焼けについて Copyright オイタル 2009-09-19 21:10:31
notebook Home 戻る