オートメイション
吉田ぐんじょう


エスカレーターに乗れば段を踏み外す
券売機のタッチ・パネルはいくら押しても反応しない
施錠をすれば鍵を無くす
自動ドアには挟まれる
わたしは
文明というものに適応するように
生まれつかなかったのだと思う

泣き面で夕暮れまで
券売機の前でうらうらしているわたしに
たまりかねたように駅員さんがやってきて
代わりに切符を買ってくれた

かっちりとした駅員さんは
たしかにひどく文明的で
てきぱきとうごくたびその体からは
歯車の噛み合う音が聞こえてくるようであった



いつもはあまり人の通らぬ表通りから
らうらうと子供の歌う声と
ざわざわと人の行き交う音がする

珍しい
祭でもあるのだろうか

うきうきしながら玄関を出ると
しかしそこには誰もいなかった

そのかわり無数のラジカセが置いてあり
そこから音がしているのだった
何故か無性に腹が立ち
ラジカセを消して回ったのだが
最後のひとつのラジカセから
夫の声が流れていて
それだけはどうしても消せなかった
真昼の路上に
愛している愛していると言う夫の声が響く

みんなどこへ行ってしまったのだろう
わたしだけ置き去りにして

それとも最初からここには
誰も居なかったのだろうか

愛している愛している愛している
さびしくなって立ち尽くす
愛している愛している愛している
ぽつりとわたしの影だけが長い



ともだちと並んで歩いているとき
彼女の背中から
何かが飛び出しているのに気づいた

そうっと近づいてよく見てみると
∞の形のゼンマイであった
触れてみると金属のつめたさを感じる
ともだちがしゃべったり笑ったりするたび
それはききりと回るのだ
そのさまは正確で緻密で冷静で
だからこそとてもおそろしかった
わたしは
彼女を置き去りにして
後も振り返らずにその場を逃げた
空が信じられないほど青かった
あの夏の日



それからわたしはすぐに引っ越してしまい
ともだちと会うこともなくなったのだが
機会があって再びその町を訪れたとき
あのとき逃げたあの場所に
錆びた塊があるのを見つけた
形は何がなんだかわからないくらい崩れて
表面には蔦が這っていたが
あのともだちだとすぐにわかった
風化していて見えにくかったが
顔は笑ったままらしかった

ぜんまいが切れたあと
まわしてくれる人がいなかったのだろうか
せめて静かなところへ
移してやろうとも思ったのだが
重くて引きずってさえいけなかった

だからあの塊は
まだあそこにあるはずである

あれ以来わたしは
二度とともだちができなかったから
あれはわたしの生涯で
たった一人のともだちである



2009.6.12



自由詩 オートメイション Copyright 吉田ぐんじょう 2009-09-16 09:38:08
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