小詩集【よろこび】
千波 一也





一、整合


ふぞろいな
ひとりひとりの
でこぼこを
いちいち罵倒するのは
たいへんな
労力だから


どうせ疲れることなら
お互いのでこぼこを
いつくしみ合って

不慣れな
感じで
たたえ合って

なんだか
おれたちおかしいな、
って
ほほ肉と
腹のすじとが
痛くなるふうに
わらって
疲れるほうが
健康ってもんさ
そうだろ、


だから
おれたち
これでいいのさ
ふぞろいでも
でこぼこでも
抱いてるものは
きっと同じ


見つめるさきは
きっと同じ






二、顔


じぶんの顔を
真正面から
見ることは
じぶんをやめなきゃ
叶わない
けど
鏡をのぞけば
それなりに
じぶんの顔を
知った気に
なる

ほんとは全然
叶ってなんかいないのに
なんとなく
叶った気がする

そういう
こまかいことを
気にして
気にして
答はどこだ、と
絶叫して
病んでしまうような
じぶんでなくて
ほんとに
良かった
と、
ぽりぽり
ぼくは顔をかく

顔は
全然見えないけれど
たとえばこの指なんかは
まったく見えるし
まったく自由に
動くから
ぼくは
ぽりぽり
顔をかく

いかにも
平和に
鏡の前で





三、もの知り博士


公園で
けんかをはじめた子どもたち

だけど
けんかの理由は
ささいなことだから
長続きなんかしなくて
ほら、
すぐにまた
駆けはじめる

ふくれたままの
顔もあるけど
上手に
時間を味方につけて
みんなで忘れて
みんなで
次の
未知なるものへ
駆けていく


 みんながみんな
 同じになんてなれないし
 そんな必要もない
 だからこそ
 ひとり
 ひとりが
 おもしろくって
 みんなが
 ひとつに
 なっていく


公園の
向こうへ行った子どもたち
その
余韻のような
風に抱かれて
わたしは本の
続きと親しむ

きまぐれな
博士の帰りを待つように
して





四、うらみ星


いのちを終える
瞬間の
あの
星が
そう、
うらみ星

ひとは
ひとつの星の
死をわすれ
きれいとよろこび
願いごとさえ託すから
夜空は
闇を
なお
深めゆく

ごらん
すぅ、っと
ひとすじ流れゆくもの
あれが
そう、
うらみ星

はかり知れない怨念に
こころの奥まで
染められて
きれい、と
焦がれる
ぼくたちは
そう、
たやすく
死んではいられない

生きるということが
どこか
呪縛めいて
めぐるけど

身代わりに
ひとすじたちの身代わりに
うらみのすべてを
聞けない代わりに
ぼくたちは、
在る





五、ぬけがら


この
ぬけがらの主は
きっと
りっぱな
成長をとげて
そっと
どこかで
息絶えただろう


 どんな夕日を
 浴びたのだろうか
 どんな夜露に
 濡れただろうか

 どこで勇気を
 覚えただろうか
 どこで恐怖を
 捨てたのだろうか


この
ぬけがらの主が
とうに
果てた後だとしても
残したものは
必ずある
はず


 同盟めいた
 思いを
 胸に
 草生う道で
 会釈をひとつ


夕焼けのなか
とんぼが過ぎて
とおい真夏へ
向かってく

ぬけがらの上を
信じるものを
まっすぐ
束ねて
透明






六、天窓


ひかり、ってものに
形はないはず
だが
あかり取り、なんて
名のつく窓が
あるわけで
つい
つい
形を
みてしまう

そこには無いけれど
確かに、
無いけれど
あかりの姿が
みえてしまう

これは
とんでもなく
おそろしいことの
はず
なのに
おれたちは
間違ってなんかいない、と
自信をもって
間違えられる

あかり取りの窓さんよ、
よろこびってのは
そういうもん
だよな
悪く
ない
よな

あたたかい、
よな

闇、ってものにも
形はないはず
だが
おれらは
眠りにつく前に
そらの
窓から
闇を
みる

闇の形、と
呼びうるものに
せなかを
向けて
寝息を
立てる

あしたも続く
よろこびのため

よろこびのなか
負けないように
すすむ
ため











自由詩 小詩集【よろこび】 Copyright 千波 一也 2009-09-14 19:35:32
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