想起の中で
かんな

駅の東口を出る、二、三歩の、携帯のメロディ
ごめん、やっぱり会議で遅くなる。
待ちぼうけに、溜息が渇いた
不似合いな街の、バックグラウンド、どこか鮮やか

歩きついた香水店の、誘惑の一滴
そして探し当てられた
流れる時のフライング、いまだ会えない
店員との会話中の、携帯のバイブ
これからそこまで行くよ。
その一言はどこ、までも軽く上空へ
コレ、遅刻のお詫びとして買ってもらったらいかがです。
微笑む店員の軽やかな下心、わたし程じゃない
振り向いた店先、とあなたの顔、少し汗をかいて、
お詫びにコレ買うよ。
グレーのハンカチの、汗で濡れたその心中に
くすくすと二つの下心、あなた負けたわね

落ちてくる微少の雨粒
大きな傘で跳ね除ける、ふたり
とぼとぼと、踏みしめるコンクリート
こぢんまりとした店を探す、あなたが、そんな夕暮れ時
座敷のあるタイ料理屋の、
物憂げな空気に吸い込まれた
腹を満たす、生春巻き
ジャンケンをして、負けた方が唐辛子を食べる、罰ゲーム
子供じみたことで、笑い合う、ふたり
さり気なく
大事に思っていますよ。
その一言はどこまでも上空へ、は逃がさない
捉まえて、放さない、だから
わたしとあなたと
あの夜に小さな祈りを灯さずにいられなかった


一年前の
着信履歴をかき消す瞬間の、

駅の東口を出たところ、あの時と同じメロディ
どこにいますか。これから行くよ。
変わらないのは、わたし、だけか

行き着いたパスタ屋のランチセット、九百八十円
空腹を満たす
ロフトでくるりと見て回る雑貨
雑誌や書籍を見てまわる紀伊国屋
変則を忘れたこの距離と時間の、変化を望むから
時折、あなたを凝視した

帰り道、駅へ、どこへ、行きたいのか
押しボタン式の横断歩道
押したのはあなた、渡ったところで口をひらく、思わず
いいかげん、結婚しないんですか。
早くなる雨足に傘を開きながら、答える、あなたが
結婚は。しないかな、面倒だし

渇いたつばと共に飲み込む陳腐な台詞、を並べてみる
あの夜
あなたがわたしを抱きとめて
つよくつよく呟いた一言
きっとわたしは忘れられない
オレは、すごく怖いんだ。ひとが怖い。

誰しもが弱さをもって、臆病につよく生きているよ
あなたが教えてくれた

一瞬消えたように見えた、あの壁、あの壁の向こう
一夜にして元に戻った
後悔ともつかない、わたしの未熟さ、
アスファストに張り付いたまま
離れることもできず、季節のめぐりにさえ取り残され、
そしてまた同じ、秋を迎える




自由詩 想起の中で Copyright かんな 2009-09-14 10:37:41
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