酔歌
ブライアン

祖父は毎日欠かさずに山へ通った。
祖父の自慢の果樹園には、桃、栗、林檎などがなった。
かつては、興味津々だった孫たちも、もうカブトムシやらには無関心だったし、
毎年届く2箱の林檎には飽き飽きしていた。
それらの林檎に、孫たちは
多すぎるよ、と反抗期にありがちな顔を見せる。
それから、自室に閉じこもるか、
友人の家に遊びに出かける。

 だが、林檎の木よ、どうして祖父を賛美するのか。
 おまえを切ったのは祖父なのに。祖父は残酷だ、おまえは血を流している―。
 祖父の残酷な陶酔に対する賛美は何のためだ。

祖父は無免許で国道を走り続けた。
警察官もそれは知っていた。
祖父にIDなどいらない。祖父に必要なもの。
肥料と祖母と日本酒だった。

年を追うごとにお酒に弱くなった祖父は、
孫の結婚式ですぐに酔っ払いはじめて
真夜中の方が、もっと明るくはないか、と言った。

JAから送られてくる小冊子を傍らにした祖父は
歌を歌う。
祖母の肩を抱き寄せ、そして払いのけられながら。

家庭を持ち始めた孫たちは、祖父の歌に耳を傾ける。
いま、自慢の果樹園を継ぐのは、
子供のいない長男だった。
孫たちは、ようやく、林檎2箱の甘さに気がつく。

噛み砕き、消化されて。

 祖父が求めているものはなんだろう。
 祖父の求めているものは、仕事だ。
 
 これは祖父の朝だ。祖父の昼がはじまろうとしている。
 さあ、来い、来い、大いなる正午よ。

甲子園球場のサイレンがなる。
祖父は反芻する牛のように、酒を飲む。
孫たちは、散り散りになった。
夏は、秋を迎える過程でしかない。
秋は、林檎が生まれる、季節でしかない。


自由詩 酔歌 Copyright ブライアン 2009-09-07 23:39:32
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