シンスキーの世界
テシノ
犬しか飼った事のない人間が
虫を飼うというのもなかなか無謀な事で
友好の証にピカピカ光る虫をくれた
友人の旦那も彼女に劣らず変人かも知れない
友人が自分の好きな画家にちなんで
虫あるまじき名前をつけてくれた
生き物は好きだし背中の色もかっこいいけど
私はいまだにこいつの正式名称を知らない
虫カゴと暮らし始めた私に家族は
夏休みの小学生の男の子みたいだとか
こいつはただ生きているだけなのかとか
犬の頭を撫でながらしきりに質問する
姉はカマキリが怖いと悲鳴を上げて殺す
私はカマキリを殺せる姉が怖い
しかしこの虫には興味を示した
姉上これはあなたの好きなヒカリモノと違うぞ
ゼリーに垂直に突き刺さって動かない姿に
死んじゃった!ゼリーで溺死!と姉は騒いだ
落ち着け私も最初は相当焦ったが
正座させて飯を食わせるわけにもいかんのだ
ただ生きているだけの生き物に
人間達が一喜一憂する様を見て
犬はこの虫が大嫌いなようだった
「見なけりゃいない」という犬の理屈を発動する
ある日よく似たヒカリモノが
蜘蛛の巣に引っ掛かっていた
思わず蜘蛛と戦ってしまったのだが
そいつは礼も言わずに飛んで行った
外来種だから逃がしちゃいけない筈だった
しかしその力強い羽音を聞いてしまうと
虫カゴで今もゼリーを垂直に攻める姿が
ただ生きているだけの虫カゴの中の姿が
わかっているのだそういう事ではないのだと
ただ生きているだけなのだあの虫もこの虫も
今私が何を感じ何を考えたとしても
だけど虫カゴああひたすらにその時私は虫カゴ
寿命を聞いたのはつい先日だ
蛹からかえったらひと夏らしい
最近私を覚えたかしがみつく事を厭わない
私はいまだにこいつの正式名称を知らない