スモールワールド
あすくれかおす



明るさを見失ったら夜。何も言うことがなくなったら朝。
西と南に窓のあるへや。背丈の伸びた笹の葉が揺れる。
道ゆく人に涙をみせてはいけないよ。お前の宝石を生け捕りにされてしまうよ。
朝。夢見がちにパンをかじっている。強い突風。
イヤホンの片方がさらわれる、自分だけの大音量は、
その正体は、世界にむかって小さく喋るスピーカーだった。



ぼくが考える小人の話をしようか。
小人は夢をみない。寝ている間は次に建てる、茅葺き屋根のことだけを考えている。現実を比較したりしない。茅葺き屋根のことだけを考えている。起きている間は麦の穂を拾ってくることもあるけれど、それが命をつないでるって意識はない。人間は夢をみる。現実を比較する。命のつながりを意識する。
だけどぼくにはどういうわけか、小人と区別がつけられない。



歩く。ホリック。記憶の思いつきを保存していく。
自分のなかに増殖したnを、道ばたにまた落としていく。
グレーテルはどこだい?きみには妹なんかいないよ。
ぼくはヘンゼルじゃないよ?じゃあどこへ向かっているのか?
汗ばんだまま。混じる水滴。夕立を浴びて。笑いながら。



咲き誇るものは壮絶。
生け花が、首を落として、死んでまた死ぬ。
飼い主のいない土手のヤギ。複数でメイメイと、土手の命を摘んでまわる。
きれいに摘む。
きれいに摘むから。
怖くはない。



鯨の背中。濡れた黒い砂浜。犬みたいに蹴散らして歩く。
そこに、灰が降るように次々と着地する人々。
現実が理想を駄目にするのではなくて、たよりない空想がみんなの足を止めてる。
「駆け落ちした王子の花嫁はモグラにめとられました」
「約束の王子は六畳一間にのこされました」



遠くにカフェが見える。カフェテラスが見える。
ヨークシャーテリアの飼い主の爆笑が聞こえる。耐えかねる。
有刺鉄線を踏みつける。細くて、さみしい痛み。
はぐれてしまった文明迷子。
鯨の背中のような場所。
投棄された冷蔵庫を見つける。あける。まだつめたい。
冷凍庫には氷しか入ってない。深呼吸する。あの神聖な匂いがする。



見上げる。空で、誰かのアーチを見つける。誰かの虹を。
粒子がぐるぐると地面から出てきては半円を描き、吸い込まれていく。
鉄線を拾って先端を押しあてる。アーチがぎぎぎとうめく。女のひとの話し言葉を再生する。
「キラキラしたものが好き。朝の光が好き。
土木作業員募集の看板が光るのも大好き。文字たちは光合成なんかしないね。呼吸もお喋りも。だけどそれは。今この瞬間の光の現象にきっと溶け合っているんだ」



明るさを見失ったら夜。何も言うことがなくなったら朝。
午前早朝。枕元で眠る、裂けるチーズ。を静かに裂く。朝の色が微かに、その谷間から覗く。
毎朝そうして覗く窓辺にて空中散歩のやり方を聞くが。
なかなか窓から踏み出せない。
歌だけは。目をつぶってても空で歌えるが。



西と南に窓のある部屋。電線は不均等な五線譜。
一オクターブを上げ下げする。更新されないベストヒットを歌う。
目をそらさない。夜になるから。声を出す。朝になるから。
小人のようにまだ眠っている人々。
涙をみせてはいけないよ。
君たちのなかに。虎の子が眠っているよ。
どれが命で。どれがつながっているのか。ぼくには区別がつけられない。
夢見がちな夢も。
自分の宝石も。
振込手数料も。
オーバーヒートも。
くわを降る動作も。
鯨の質感も。
寝ている虎も。
ヨークシャーテリアの爆笑も。
ジャンク層も。
シンクソーも。
窓を開ける。
目をつぶる。
小さなスピーカーのように歌う。
窓から踏み出す。
強い突風。
はじめて歩く。
今までとは別のところへ。
目をひらいて。
どこかへ。
いつか。
灰が降るように着地をする。
灰が降るように。
怖くはない。










自由詩 スモールワールド Copyright あすくれかおす 2009-08-31 07:05:06
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