今宵、夢見よ
セルフレーム


姫様、

姫様と出逢えたことを

私の短し一生の

唯一の誇りにしとう御座います―・・・




今宵、夢見よ




阿古那姫あこなひめ様は、
役人である父上様の娘として御生まれになりました。


私は入ったばかりの女中で、
余生短し阿古那姫様の身の回りの世話をさせて頂いております。

阿古那姫様は美しく、穏やかな方です。
若い頃は此の地域で一番の美しさと言われた方だったそうです。


ある年の二月十六日、阿古那姫様は髪を梳かしておくれ、
と私をお呼びになりました。


阿古那姫様の髪を梳かしているあいだ、
姫様は昔のお話を聞かせてくださいました―・・・




―私がまだ若い頃のことです。

月の美しい晩でしたね・・・
此の地に来たばかりだった私は、館の此の部屋で、琴を爪弾いておりました。

すると、辺り一面に芳しい香りが漂いはじめ、
私がその香りに気を取られていると、正面の庭に、若者が立っておりました。

淡い緑色の衣に身を包んだ、気品のある、美しい若者でした。
名取の太郎と名乗った彼に、私は一目にして惹かれました。

幾夜も逢瀬を重ねる内に、私は彼を深く愛し、
彼も私を深く愛してくれる仲となりました。

ある夜には己の気持を歌に乗せ、
ある夜には己の愛情を琴の音に乗せ、
ある夜には己の想いを言葉にしました。

彼もまた同じように歌を詠い、言葉にして私を深く愛してくれました。


いつだったでしょう。

ある夜、彼は私の館を訪れ、悲しそうな顔で言いました。

―姫、貴女とお逢いできるのも、今夜が最後です。
本当に、今まで楽しゅう御座いました。

これほど美しい、貴女のようなお方と、深く愛し合うことができた。
本当に本当に、素晴らしいひとときでありました。

これから、私は遠くへ旅立ちます。
私が迷わないよう、どうぞ、姫様の心からの御祈りを・・・

姫様、
姫様と出逢えたことを、私の短し一生の
唯一の誇りにしとう御座います―・・・


―何を仰るのですか。
貴方が―・・・


すべてを言い終わらぬうちに、彼は消えてしまいました。
障子に薄く、松の木の影が映っておりました。


彼がいなくなって数日、
橋の工事をしている者達が、切り倒した松の木が動かず困っている、と
父上に助けを求めてきました。

私はすぐ彼の言葉を思い出して、その者達の場所へと急ぎました。
枯れかけた松の細い葉の色は、彼の衣の色に酷く似ていました。

私は自然に、濃く変色した力無い幹に手を添わせました。

すると、
松の木はゆっくり動き出しました。


彼はおそらく、
松の木の精だったのでしょう。


彼のことを忘れぬよう、私はずっと独り身で生きてきました。
今日私はおそらく、
彼の元へいけるでしょう―・・・



そう言って阿古那姫様は微笑み、
床に入りました。


翌朝、
阿古那姫様はお亡くなりになられていました。



今宵、夢見よ。





自由詩 今宵、夢見よ Copyright セルフレーム 2009-08-30 16:17:32
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