渓谷
曠野
矩形の渓谷の一角に
わたしのオフィスはあり
黄昏時にはきまって
調子の悪いコピー機が
崖を降り始める
報告書や小さくて地味な高山の花が
つまれないよう
処理されて
岸壁は
お客様の飲むコーヒーを見守っている
湯気が霧のように立ち込める
上司の顔が見えづらく
終業のチャイム
暗くなる雲
ふいに激しくなる雨音は
キーボードをいそがしくたたく音
誰も口をきけない
昼にみがかれたばかりの窓から夜風は
入ってこないので
静けさだけが
渓谷をものうくする
もう帰宅しなければならない時間なのに
岩肌が話しかけるので
ピッケルは見当たらない