わたしたち三兄妹
吉田ぐんじょう
・
幼いころ
妹はお風呂が嫌いで
兄は爪を切られるのが嫌いで
わたしは歯を磨くのが嫌いだった
だからそのころのわたしたち三兄弟ときたら
妹は髪から極彩色のきのこを生やし
わたしはのどの奥に
蝶々をいちわ飼っていたために滅多に喋らず
兄は癇癪を起しては長い爪でそこいらを切り裂いた
一葉だけ残っている
あのころの
三人並んで撮った粒子の荒いカラー写真の中では
わたしたちは手をつないで
こわいものなしの小人たちみたいに笑っている
いっそのこと
あのまま三人で森へ行ってしまっていれば
子供のままで
永遠に生きられたかもしれなかった
・
わたしたち三兄妹は
とてもよく似ていた
声も歩き方も姿勢も
階段をのぼる足音さえも
区別がつかないほど似ていた
わたしたちを見分けられるのは
わたしたちだけだったから
母はそれぞれに一本ずつ
唯一の武器みたいに
黒のマジック・ペンを持たせて
自分の持ち物には
自分の名前を書くよう言い聞かせた
夏の日
居間で三人はだかになって
お互いの背中に
お互いの名前を書きあったことを
今でも昨日のことのように思い出す
抱き合うと心地よくて
三人でひとりの大きい人間みたいな気持だった
帰宅した父にこっぴどく叱られて
すぐに浴室で洗い落とされてしまったけれど
完全には落ちなかったから
今でもわたしの背中には
不器用な兄が書いたわたしの名前が
傷痕のようにうっすらと残っている
・
やがて
兄に声変りがおとずれ
わたしが初潮をむかえ
妹の体に体毛が生えそろうと
わたしたちは突如として
ひとりひとりの個人に成った
兄は爪をやすりでととのえ
妹は水生動物になってしまったように
何時間もお風呂につかり続け
わたしののどの奥の蝶々は
いつの間にか消えてしまった
しばらくは何をしゃべっても
喉の奥からせりあがってくる声が
ざらざらと奇妙に甲高くて
黒板を爪でひっかく音のように不快で
ときどき思い出したように
兄や妹と抱き合っても
隙間だらけですうすうして
なんだか気持ち悪かった
どうしてこんなことになってしまったのかな
机の一番上の鍵のかかる引出しに
しまっておいたあのマジック・ペンも
インク切れでもう
何も書くことはできなくなっていて
・
そうしてわたしたちは
完璧に損なわれ
はなればなれになってしまった
あれからもうずいぶん経つ
三人ともいっぱしの大人の年齢になって
もう誰からも
何も間違えられることはないけれど
それでもどうしても
一人ではまだ
うまく生きることができないのは
何故なんだろう